君を忘れてしまう前に
サラと香音さんは向かい合うだけで絵になる。
わたしはこの2人の仲には入れない。
潔く身を引くべきだ。
分かっているつもりなのに、香音さんを見つめるサラの横顔にどうしても訴えかけてしまう。
――サラ、こっちを見て。香音さんじゃなくて、わたしを見て欲しい。
でもやっぱり、隣にいるサラの視線は香音さんに向けられたままだった。
こんなにそばにいるのに。
「サラくんと喋ってたら元気になった。ありがとう」
「香音さんって意外と単純ですよね」
「その言い方なんなの。わたし、一応先輩なんだけど!」
サラと香音さんは楽しそうに会話を続けている。
意地悪な生徒達からかばってくれたしっかり者の香音さんは、サラの前ではとても可愛い。
その変化がサラにとって心地がいいんだと思う。
知りたくなかったけど、それが手に取るように分かってしまった。
――それでもお願い。一度だけでいいから。こっちを見て。
サラをじっと見つめながら、心の中で強く訴えかけたけどだめだった。
うっすらとサラの耳が赤くなってきた気さえする。
香音さんが可愛いから、照れているんだろうか。
『仁花のこと好きになるやつなんかいんの?』
昨日の言葉が頭の中でこだまする。
この思いは届かなくてよかったのかもしれない。
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
「じゃあ、わたしこれで……」
2人に背を向けて、駆け足でその場を去る。
サラがなにかを言いかけたような気もしたけど、構わずわたしは練習室へ向かった。