君を忘れてしまう前に


 サラと香音さんが楽しそうに喋る姿を頭の中から追い出したくて、アコースティックギターをがむしゃらに掻き鳴らす。
 夢中になって練習し続けていたからか、次に時計を見ると針はもう21時を指していた。

「やば。学校閉まっちゃう」

 ちょうどのタイミングで、最終下校時刻を知らせるクラシック音楽が校内放送用のスピーカーから流れ始めた。
 慌ててイスから立ち上がり、ギターケースを開いたところでコンコンとノック音が響く。
 ドアに背を向けたまま「はぁい、どうぞー」と適当に返事をした。

「あ、すみません」

 聞き覚えのない声に振り返ると、サラと仲のいいヴァイオリン専攻の男の子が、開いたドアの向こうで控えめに立っていた。
 ゆるいウェーブがかかった茶色い髪に、ペールパープルのトレーナーがよく映えて、ちょっと遊び慣れているような雰囲気が漂っている。
 彼は確か1つ下の学年で――名前は思い出せないけどいいか。
 それよりも、こんな下校間際にどうしたんだろう。
 わたしと目が合うなり、彼はすまなさそうに頭を下げた。

「……香音さんは?」
「香音さんはもう帰ったよ。ここの部屋は香音さんが借りてたんだけど、ゆずってもらったんだ」
「そうだったんですか」

 明らかにしゅんとしている。
 デートにでも誘うつもりだったのかな、とお節介なことを考えながら床に置いたギターケースにギターを入れてチャックを閉める。
 
「仁花さんですよね?」
「わたしのこと知ってるの?」

 びっくりして顔を上げると、彼はドアを閉めて室内に入ってきたところだった。
 にっこりと人懐っこい笑みを浮かべている。

「もちろん。いつもサラさんと仲よくされてますよね。サラさんから、仁花さんの楽しいお話をよく聞かせてもらってます」
「仲はいいけど……わたしの楽しい話ってなに?」
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