君を忘れてしまう前に
「バナナの皮を踏んで漫画みたいにすっ転んだ話とか、講義中にお腹すいたって寝言を言ってた話とか、あとは」
「待って、もういい! サラがロクなこと言ってないのはよく分かった。あいつ最低だな」
「サラさんのこと最低って言ってる人、初めて見ました」
「ほんと? 口が悪かったかな。ごめんね」
サラの後輩は、子どものようにけらけらと声を出して笑った。
初めて会話したのに、これだけ思いきり笑ってくれるなんて、見た目とは違って可愛い性格の子なのかもしれない。
とはいえ、間接的にサラにからかわれたような気がして複雑な気分でもある。
「片づけしてたのに、お邪魔してすみません。それじゃあ」
「あ、待って」
ドアノブに手をかけたサラの後輩を呼び止め、グランドピアノの上に広げていた譜面をバッグに直し、急いでギターを背負う。
「わたしも一緒に出るよ。……ごめん、名前なんだったかな」
「自己紹介まだでしたね。ぼく、古河 和馬っていいます」
「おっけ、和馬くんね。わたしは米村仁花だよ。J−POPの3年生でヴォーカルのレッスンを受けながら、ギターを専攻してるんだ。和馬くんはヴァイオリン専攻だよね?」
「はい、一応」
「一応ってなに?」
軽く笑いながらドアノブに手をかける。
何気なくドアを押し開けると廊下に人影が見え、慌てて身体を引っ込めた。
ドアの前に人がいるかもしれないことを考えないで、勢いよく開けてしまった。
開いたドアの隙間から、外の様子を伺うように顔を出す。
「すみません、だいじょう……」
「仁花」
ドアの前で立っていたのはサラだった。