君を忘れてしまう前に
「あれ? サラ、どうしたの……あ!」
サラはドアの側面を持ち、ぐい、と一気にドアを開けた。
ドアノブを握っていたわたしはそのまま入口から飛び出し、サラの硬い胸に顔から激突して鈍い音が鳴る。
サラは勢いのついたわたしをまともに受け止めたはずなのに、何事もなかったみたいにその場から一歩も動かない。
ぶつけた鼻を手で押さえながら見上げると、サラは冷たい目つきで練習室の中をじっと見つめていた。
機嫌の悪そうな表情でなにを見ているんだろうか。
サラの視線を追いかけて振り返ると、練習室の入口で和馬くんが気まずそうな表情を浮かべていた。
「なんで和馬がここにいるんだよ」
「……香音さんに用があって」
「は? 香音さんに?」
2人の間に、ひやりとした冷たい空気が流れ始める。
この2人は仲がいいけど、香音さんをめぐって争う恋のライバルでもあるわけだ。
「香音さんに会いにきた」と聞いて、サラは面白くないんだろう。
サラの気持ちも分かるけど、この場は誰も悪くない。
うっとうしがられるのは分かった上で、わたしは無理やり2人の間に割って入った。
和馬くんを背中で隠すように立ち、目の前のサラに意味もなく大げさな相槌を打つ。
「少しだけ喋ってたの。初めましてだったからさ。和馬くん、いい子だから話しやすくて」
「下の名前で呼んでんの」
「さっき教えてもらった! かっこいい名前だよね、和馬って」
「別に」
「別にって……」
「もういい? 帰ろ」
サラがわたしの手首を引っ張って強引に歩き出す。
よろめきそうになりながら、「待ってよ」と声をかけたけどサラには聞こえていないのかなんの返事も返ってこない。
「和馬くん、バタバタしてごめんね。またゆっくり話そう」
サラに掴まれていないほうの手で、和馬くんにバイバイと手を振る。
「はい。また、ゆっくり」
和馬くんの返事を聞いた途端、サラはその場で足を止めた。
それからくるりとこちらを向き、わたしの頭に手を置いて指先にぐっと力を込める。
「仁花はだめ。コンサートの練習があるから、和馬とゆっくり話す時間なんかねぇよ」
「待って! 話す時間くらいある……」
「わざわざクラシックの校舎まで来て? そんな時間あんの。また余裕ないって泣いても知らないからな」
「それは違う、泣いてないもん!」
「ほら、行くぞ」
再び手首を掴まれ、引きずられるようにしてサラの後について行く。
そんなわたしを、和馬くんは困ったように眺めていた。