君を忘れてしまう前に
サラと、なんでもない話をするのは楽しい。
一緒に歩いて、同じ景色を見て。
それからまた明日ね、と言ってバイバイする。
これまで当たり前だと思っていたサラとの毎日は、実はとても恵まれて幸せだった。
そこに気づけたことを思うと、ある意味、あの一件はわたしにとってよかったのかもしれない。
後悔だらけなのは間違いないけど。
「今日くらいはなにか1つ褒めてよ」
「図々しいな」
「傷ついたんだよぉ、わたし」
「全然平気そう」
「平気じゃないよ。ほら慰めて!」
つんつんと腕を突くと、サラは笑いながらそれを振り払った。
胸の奥が少しずつ満たされて爽やかな気分だ。
もっとふざけてサラと笑い合いたい。
幸せなこの時間を、これからもずっと大切にしていきたい。
荒みかけていた心に訪れた、温かくて優しいひとときがこんなに嬉しいなんて。
「サラと喋ってたらね、ほんとに楽しいんだ。できないことがあっても、明日にはできちゃう気がする。こうして、ずっと一緒にいれたらいいな」
サラはピタリと笑うのをやめ、目を丸くさせてわたしをじっと見つめた。
鼓動が大きく脈打ち、わたしも目を見開いたところで、サラが気まずそうに顔を背ける。
和やかな雰囲気が一瞬で消えた瞬間だった。
しまった。「ずっと一緒に」は、付き合っている彼氏に対して言う言葉だったかもしれない。
「あ、ごめん! 友達だからだよ、そう思うのは」
サラは黙ったまま俯いた。
返す言葉を失くすくらい、サラにとっては嫌な発言だったんだろう。
慌ててフォローしたつもりだけど、空振りに終わった。
わたしとのことを早く忘れたいと思っているサラの気持ちを、ちゃんと分かっていなかったからだ。
後悔がじわりと胸を浸す。
もしかしたらあの日の夜、わたしが無理やり迫ったんだろうか。
だとしたら、サラがこういう態度をとるのも分かる。
肝心なところを覚えていないから、実際はどうだったのか話をしてみたいけど、なかったことにしようと言った手前、わたしから話題を持ち出せそうにない。
サラの隣で歩くのが億劫になり、後ろからとぼとぼとついていく。
――前と同じなようで同じじゃない。
しんとした空気が流れる中、少しだけ遠くなった背中を眺めながら、もう二度とサラの嫌がるようなことは言わないとかたく心に誓った。