君を忘れてしまう前に


「なんとなく……」
「前に言ってたやつのせい?」
「え、誰のこと」
「レッスンの時。言ってなかった?」

 あ、と声が漏れそうになる。
 サラはわたしの好きな人のことについて聞いているらしい。
 あの恥ずかしいレッスンの内容をちゃんと覚えていたと知ってびっくりする。
 サロンではリカコ先生のことばかり話していたから、わたしのレッスンには興味がないと思っていたのに。

「そいつの趣味に合わせてんの」

 そうと言えばそうだし、違うと言えば違う。
 どう言葉にすればいいのか分からなくて黙っていると、サラは不機嫌そうに眉根を寄せた。
 慌てて首を振る。

「あの、違うの! そういうつもりじゃなくて」
「じゃあ、どういうつもり」
「変なことに使うつもりはないんだよ」
「変なこと?」

 パソコン画面に向けられたサラの視線を追って、わたしはそっと後ろを向いた。
 そこには、さっきの紐パンツの女性がいる。
 この画像の前では、わたしがなにを言おうとまるで説得力がない。
 恥ずかしくてどうにかなりそうだ。
 向き直り、がっくりと項垂れる。

「もうやだ、サラには関係ないじゃん」
「関係なくねぇよ」
「関係ないよ!」
「なんでそんなに焦ってんの?」
「だってサラに言うのは絶対に嫌だもん。ほんとにお願いだから放っとい……」
「分かった」

 わたしが最後まで言い切る前に、サラは冷たく言い放った。

「サ、サラ……?」

 動揺するわたしの耳元にサラの唇が近付く。
 サラの優しい香りがふわりと鼻先を掠めた。

「関係ないなら、もう知らない」

 ぐさり、となにかが胸に刺さった音がした。
 思わず胸に手を当ててみる。
 当然だけど、そこにはなにも刺さってはいなくて、かわりにトクトクと早くなった鼓動が手のひらを何度も強く押した。

「じゃあな」
< 32 / 89 >

この作品をシェア

pagetop