君を忘れてしまう前に
顔を上げると、サラの背中が遠ざかって行くところだった。
大きな音を立ててサロンのドアが閉まり、浅い息と一緒に情けない声がこぼれ落ちる。
「なんで……?」
確かに大学のパソコンを使ってまで見るようなものじゃなかったかもしれないけど、サラがどうしてあんなに怒っていたのか分からない。
サラがめずらしく褒めていた、リカコ先生に少しでも近づきたかっただけなのに。
誰もいなくなったサロンで、小さく溜め息をつく。
足元には倒れたままのイス。
夢中になってパソコン画面を眺めていた自分の姿がちらついた。
以前のサラだったら、きっと笑い飛ばしてくれていただろう。
それなのに、どうして。
わたしは地味だし才能もないし、誰かに好きになってもらえるような可愛い容姿でもない。
それに音楽以外のことには無頓着で、繊細のせの字も知らない鈍い性格だ。
でも、恋愛くらいはする。
こうして、まともに誰かを好きになったりもするのに。
サラは知らない。
冷たい態度をとられる度に、胸が壊れそうになるくらい傷ついていることも。
そして、サラが隣で笑ってくれるだけで今まで気づけなかった幸せに出会えることも。
サラはなにも知らない。
知ろうともしない。
でもわたしに誰かを好きになることを教えてくれたのは、他の誰でもない。サラだ。
人形みたいに感情がなければよかった。
それなら、サラの言葉を真正面から受け止めないですむ。
悩まずに、ずっと笑っていられる。
友人関係を続けていられる。
そんな考えが思い浮かぶわたしは、根っからのバカなんだろう。
何度も冷たい態度をとられて、友人以上の関係を拒否されて――サラに好きな人がいても。
それでもわたしはサラのことが好きだ。
情けないけど、大好きだ。