君を忘れてしまう前に
イスの背に回した両腕に力を込める。
客席からステージへ拍手と歓声が送られたのは、その後すぐだった。
客席は興奮状態だった。
演奏を終えたサラと香音さんが客席横の通路を通ると、両脇に座った生徒達から話しかけられたり握手を求めらている。
先生達も2人に直接、なにかアドバイスをしているようだった。
一通り話し終えたのか、ステージ近くの席に座ったサラ達は、お互いに見つめ合って笑顔で言葉をかわしている。
前にも増して打ち解けている2人の様子を目の当たりにするのが辛くて、視線を逸らそうとした瞬間、サラがこちらを振り返った。
久しぶりにしっかりと視線が重なり合う。
思わず、遠い席に座っているのに「サラ」と声をかけたくなった。
でもそれはできないから、精一杯の笑顔を向けたけど、サラは無表情のままにこりともせず、すぐに前を向いて座り直した。
あからさまに無視をされて、どんと背中が重くなる。
サラの座る席がとてつもなく遠い場所にあるように思えた。
わたしが欲張ったせいで、サラは遠いところに行ってしまった――いや、サラは元々遠いところにいる人だった。
わたしと仲よくしてくれていたこと自体が奇跡だったのに、欲張って友人以上の関係を求めた結果がこれだ。
サラのことを好きになったのがだめだった。
友達のままだったら、今も「演奏よかったよ」と気軽に話しかけられていた。
こんな気持ちにもならずにそばにいられたのに。
2人の関係を壊さずにすんだのに。
わたしが、サラのことを好きになったのがだめだった。
わたしがだめだったからだ――。
気がつけば、わたしの出番が回ってきていた。
気もそぞろにステージに立つ。
真っ暗な客席を見下ろしても、ステージの上が明るくてなにも見えない。
きっとどこかにサラが座っているだろうけど、わたしの演奏なんて興味がないだろう。
客席には先生達や出演者がいるにも関わらず、わたしはサラのことしか考えられなかった。