君を忘れてしまう前に


 思わず耳を疑った。
 今のは、本当に和馬くんの口から出た言葉なんだろうか。
 一瞬、驚いた表情を浮かべた女の子は瞳をゆらゆらとさせて俯いた。

「ごめん、分かってるよ……。また後でね」

 女の子が背を向けてトボトボと歩いて行く。
 その背中が小さく見えて可哀想だ。

「今のはちょっと酷いと思うけど」
「確かに酷いですね。隣、座ってもいいですか」
「え、」

 わたしの返事を聞く前に、和馬くんは腰を下ろした。
 お昼休みは1人でいたかったけど、もうすでに座った後で拒否もしづらい。
 少し距離を空けて座り直すと、和馬くんは両膝を立て、ジュースのストローを口に咥えてくつろぎ始めた。
 かなり強引な態度だけど、なぜか嫌な感じがしない。
 和馬くんの醸し出す親しみやすい雰囲気のせいだろうか。

「久しぶりですね、会うの」
「校舎が分かれてるから全然会わないよね」
「朝も来てなくないですか?」

 わたしは控えめに頷いた。
 2週間前にサロンで色々あってから今日まで、サラのことで頭がいっぱいだった。
 ベッドに入ってからもつい考えて寝るのが遅くなり、授業のない空き時間を使って練習することが少なくなっていた。
 だからこそ、今日の中間発表は散々な結果に終わったわけで。

「最近、大学に来るのが遅くてさ」
「だからか」
「だからかって? そういえば、なんで和馬くんはわたしが練習に来てないの知ってるの」

 和馬くんは目を伏せ、紙パックをぎゅっと握りオレンジジュースを飲み干した。
 しばらく沈黙した後、ポツリと口を開く。

「ライン、教えてください」
「いいけど。急にどうしたの?」

 言われるがまま連絡先を交換する。
 和馬くんは手際よく登録を終えると、ボトムスのバックポケットにスマホをしまった。

「いつでも話聞くんで連絡くださいね」

 和馬くんは勘が鋭いのか、それともなにかを知っているのか、その辺りははっきりとしないけど、わたしを心配してくれているらしい。
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