君を忘れてしまう前に


 J−POPの校舎だけでも数え切れないくらい練習室があるのに、こんなに近い部屋でサラが練習していたなんて凄い偶然だ。
 クラシックの校舎の練習室はいっぱいだったんだろうか。
 内心驚きつつ、離れた場所から2人の様子を伺う。

「あの……すみません」
「なに?」
「わた、わたし、サラさんにずっと憧れてて、」
「こういうの迷惑だからやめて」

 サラの目つきも口調も、これ以上になく冷たかった。
 真剣に練習しているのにただの告白のために訪ねてこられて、そんな態度を取りたくなるサラの気持ちも分からなくはない。
 でも、態度がきつすぎると思う。
 もう少し言い方があるだろうに。
 女の子は泣きながら廊下を走って行った。

 自分の姿と重なり胸が痛む。
 もしもあの女の子がわたしだったら、もっときついことを言われていただろう。
 そして今度は今以上にショックを受けることになりそうだ。
 そうなれば、心がずっと奥深くまで沈んでもう二度と浮き上がってこれないかもしれない――少し想像しただけでも怖くなった。

「あ」
 
 重い気分とは裏腹に、唇から間抜けな声が漏れ出る。
 練習室のドアを閉めようとしたサラがこちらに気づいたからだ。

「……」

 ドアノブに手をかけたまま、無言でわたしを眺めるサラの前で、どうすればいいのか頭の隅々までかき集めたけど悲しいくらいなにも浮かばない。
 その場でそわそわしていると、サラの目つきがどんどん冷たくなっていくのを感じた。

「なに?」

 あの女の子の時とまったく同じ流れだ。
 さっきみたいになるのは、さすがに辛い。

「いや、あの。元気? なんちゃって……はは」

 空笑いの声音が虚しく廊下に響く。
 笑っているのはわたしだけで、サラの唇は1ミリも動いていない。
 これだったら黙ってドアを閉められたほうが百倍マシだ。

「それじゃあ……」
「入る?」
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