君を忘れてしまう前に
ついこの間、サラと一緒に帰った日のことが脳裏に浮かぶ。
久しぶりに2人で並んで歩いた、大学の帰り道。
そこには嗅ぎなれた夜の匂いと、小さな星が浮かぶ都会の夜空があった。
普段通りの風景。
でもそれこそがわたしの幸せそのものだった。
「サラと一緒に並んで歩くのが好きなの……。そこから見える景色っていつもよりも綺麗に見えるから」
「おれは他の景色なんか見てない。仁花といる時は」
脳裏に浮かんだあの日の夜空に、ピシリとヒビが入る。
サラにも同じように思って欲しかったわけじゃない。
ただ、わたしの大切な瞬間を否定されたようで悲しかった。
「……でもわたしは好き」
「そういうのやめて。勘違いするから」
「勘違い? 勘違いなんかじゃないよ、ほんとだよ。サラとずっと仲よくしたいの」
「なんも分かってねぇな」
サラが溜め息をつく。
「なにを分かってないの? 分かんないよ、ちゃんと言ってくれないと」
「言ったらおれの思う通りになんの」
「分かんない。けど、そうなるように努力するから」
「そんなのいらない」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
少しの間止まっていた涙がまたポロポロとこぼれ始め、服の袖で力いっぱい拭う。
サラは肩を落とすと、冷たい瞳を細めた。
「男の部屋に入ってきてそんな顔して、すげぇ無防備」
「サラに誘われたんだよ……?」
「誘われたら誰の練習室でも入んの」
みつきの練習に付き合う時は今と同じように一緒に練習室に入る。
この間は涼にも誘われた。
練習室は防音設備が整った密室だから、気の許した友達の部屋にしか入らない。
「みつきと涼に誘われた時は、こんな感じで一緒に練習してるよ」
「はあ? 涼?」
みつきもだよ、と付け足せない空気が流れる。
涼のなにがだめなんだろうか。
「ちょっとは考えれば。なにされても文句言えねぇじゃん」
「なにされてもって……?」
「なんでそんな鈍いんだよ、ばか。むかつく」
ダイレクトに怒りを向けられ、わたしはひゅっと息を呑んだ。