君を忘れてしまう前に

 たくさん泣いた後、みつきにサラとのことを打ち明けると、「そうだったんだ」と拍子抜けするくらいあっさりした返事が返ってきた。
 申し訳ない気持ちとありがたい気持ちで胸がいっぱいになる。
 一通り会話を終えると、次はJ−POPの校舎で授業があるというみつきは慌ただしく走っていった。

 みつきを見送った後、白が輝く真新しい廊下を抜ける。
 休み時間の終了間際、たくさんの生徒達が構内を行き来する中、昇降口まで来た時だった。

「仁花さん」

 声のほうに振り向くと、そこには和馬くんがいた。
 肩にはヴァイオリンを引っ掛けている。

「和馬くん。今からレッスン?」
「いえ、さっき終わりました。仁花さんは?」
「わたしもレッスンだったよ。同じだね」
「次は授業ですか?」
「ううん、空き時間だからJ−POPの校舎に戻って練習しようと思って」
「それなら、ぼくもJ−POPの校舎で練習しようかな」
「え?」

 クラシックの校舎のほうが綺麗だし、設備も整っている。
 わざわざ離れた古い校舎まで来るなんてどうしたんだろうかと考えいると、和馬くんはわたしの少し前を歩き出した。

「外が気持ちいいから散歩したくて」
「そっか、今日は天気がいいもんね。確かにちょっと散歩がしたくなるかも」
「ほんとですか? 嬉しいな」
「なにが?」
「仁花さんと同じ気持ちで」
「ふぅん……?」

 しばらく歩いたところで、和馬くんは校舎の裏手にある小さなドアを指さした。
 銀色のドアの隙間から陽の光が漏れ、和馬くんの明るく染まった茶色の髪を照らしている。
 淡く流れるような光の粒に思わず見入っていると、和馬くんは緩やかに口角を上げた。

「あのドアから出ましょって言おうと思ったんですけど……仁花さんにそんなに見られたら、ぼくどうしたらいいか分かんないです」
「ごめん! 髪が綺麗だなと思って」

 あたふたするわたしを見て、和馬くんはおかしそうに笑いながらドアノブをひねった。
< 52 / 89 >

この作品をシェア

pagetop