君を忘れてしまう前に
なにもかも忘れて音楽と向き合うのは久しぶりだ。
あの日から3週間、わたしは寝食も忘れて練習に没頭する日々を送っていた。
練習以外のことを考える時間も惜しい。
そんなわたしを見たリカコ先生は、「足元に火が付くってこのことね」とにこやかに笑いながら、学内コンサートの出演を許可してくれた。
どうにかギリギリでピンチは乗り越えられたものの、気がつけばあっという間にコンサートの前日になっていた。
練習室の窓から見える空がいつの間にか暗くなっていたことに気づき、急いで帰る支度を始める。
明日はいよいよ本番だ。
今日は早めに寝て、明日に備えないといけない。
乱雑に広げた譜面を整え、カバンにしまってギターを背負う。
手短に帰る支度を終らせ、わたしは練習室を後にした。
昇降口から中庭を通って正門へは向かわずに、校舎の裏側に入る。
クラシックの校舎と繋がる渡り廊下の脇から裏門へ出ると、ほんの少しだけど帰宅時間が短縮できて便利だ。
でもこの道はどことなく不気味で人気がないから、普段はできるだけ使わない。
雰囲気の悪さに耐えつつ、虫の声が間近に聞こえる暗い校舎裏を進んだ。
暗闇に目が慣れてきた頃だった。
前のほうからカサ、と物音が聞こえて心臓が飛び跳ねる。
伸びた雑草と虫以外はなにもなさそうだと、気が緩み始めていたから変な緊張が走った。
物音は目の前の曲がり角を曲がった所から聞こえてきた。
今は渡り廊下の窓の光のおかげで明るい場所にいるけど、曲がり角の向こう側は再び暗闇になっている。
そこを通らないと裏門へは行けない。
勘弁してよ、と思わず溜め息が漏れ出るのを抑えて、わたしは恐る恐る物音のするほうを覗き込んだ。
暗闇の奥で向かい合う男女がいる。
それが誰だかすぐに分かった。
サラと香音さんだ。