君を忘れてしまう前に
暗くてよく分からないけど、どうやら香音さんは泣いているようだった。
「ごめんね、いつも……わたしのこと嫌いになった?」
「いいえ」
2人の会話を聞いた途端、この道を選んだことを激しく後悔した。
最近は練習詰めだったおかげで、サラの姿を見ずにすんでいた。
サラのこともできるだけ考えないよう心掛けていたのに、よりにもよってコンサート前日に2人が一緒にいる場面に出くわしてしまうなんて。
わたしもすぐにここから立ち去ればいいのに、2人の会話が気になってその場から動けずにいた。
「ほんとに? 信じていいの?」
「嫌いになんかなってませんから」
子どもみたいに泣きじゃくる香音さんに、サラは優しく声をかけている。
くすんと鼻をすする音がした。
「いつもなんでそんなに優しいの……わたし、期待しちゃうよ」
香音さんが、向かい側のサラの肩にこつりと頭を埋める。
「ごめん……ほんとはコンサート前日にこんなの言うべきじゃないけど……わたし、サラくんのことが好きなの」
ああ、ついにこの日が来てしまった。
身体がカタカタと小さく震え出し、自分の両腕をぎゅっと抱く。
サラにもたれかかる香音さんの様子は、以前からそういうことがあったんだろうかと思うくらい自然だった。
サラは香音さんを抱きしめることも遠ざけることもせず、ただ静かに見下ろしている。
表情は暗くて見えない。
「香音さん、」
しばらくの沈黙の後、サラが口を開いた。
これ以上、聞いたらだめだ。
わたしはもと来た道を走って引き返した。
靴が雑草を踏む度にガサガサとうるさい音を立てたけど、どうでもいい。
早くこの場から逃げ出したかった。