君を忘れてしまう前に
 
 昨日の夜は一睡もできなかった。
 それなのに、身体が緊張してまったく眠気を感じない。
 瞼は重いし頭がモヤモヤとしていて、すっきりとした元気な状態にはほど遠い感覚だ。
 それでも、今日はステージに立たないといけない。
 わたしの人生で一番の大きなステージに。

 いよいよ、数時間後には学内コンサートの本番が始まる。
 これから最後のリハーサルをするために、他の出演者よりも一足先にコンサート会場へと向かった。

 今日の会場は、学内にあるコンサートホールの中で一番大きく、1000人以上の観客がわたし達の演奏を聴きにコンサートに訪れる。
 大勢の観客の中には音楽業界の著名人やスカウトマンがいて、過去には学生生活を送りながらプロデビューを果たした先輩もいた。

 先輩達は忙しくも華々しい学生生活を送ったけど、それとは反対に、演奏の評判が悪い生徒は卒業するまで後ろ指をさされることになる。
 学内コンサートは、たった数分の演奏で出演者の生活が大きく変わる特別な場だ。

 自分が演奏する場面を想像しただけで、胃の辺りがキリキリと痛む。
 思っているよりもプレッシャーを感じているらしい。
 気を紛らわせるために、イヤホンから流れる流行りのポップスに耳を傾けた時だった。

「おはようございます」
「和馬くんじゃん、おはよう! 今日は朝から授業ないのにどうしたの?」

 朝日が降り注ぐクリーム色の校舎の前で立ち止まる。
 わたしがイヤホンを外すと、和馬くんはにこりと笑った。

「仁花さんを待ってました」
「わたしを? どうしたの」
「今日は頑張ってください……これを直接言いたくて」
「わたしに伝えるために? わぁ、ありがとう! 頑張るよ」

 拳を握り、ガッツポーズを作る。
 和馬くんはホッとした表情を浮かべて頷いた。

「よかった。思ったより元気そうで」

 思ったより――。
 和馬くんはサラのことについてなにか知っているんだろうか。
 本人は何気なく放った一言なのかもしれないけど、変な深読みしてしまう。
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