君を忘れてしまう前に
 

 もしもサラと香音さんが付き合い始めたことを和馬くんが知っているなら、サラはすぐに和馬くんに報告したということだ。
 サラは、それだけ両思いになれたのが嬉しかったんだろうか。

 昨日の光景が鮮明に蘇る。
 暗がりで見つめ合う2人。
 サラの肩に香音さんが頭を埋めて。
 それをサラが自然に受け入れる。
 2人はおとぎ話の最後に結ばれる、幸せな王子さまとお姫さまみたいだった。

 浅い溜め息をつく。
 今、この場で思い出すようなことじゃない。
 コンサートが終わるまでは、考えないようにしないといけない――けれど、そんなわたしの小さな抵抗も虚しく、勝手に涙がぶわりと溢れ出る。

「すみません。ぼく、余計なこと言っちゃいました?」

 泣き顔を見せたくなくて下を向くわたしの視界いっぱいに、和馬くんの服の袖が滲んで映る。
 どうして顔の近くにあるのか考える暇もなく、ゴシゴシと溢れた涙を拭い取られた。

「もっといい服着てくればよかった」
「なんで? それより袖汚しちゃった、ごめんね」
「汚れてなんかいませんから。気にせず泣いてください」
「急に泣いてほんとごめんね。ありがとう」
「ぼく、仁花さんが泣いてくれたら嬉しいって前に言いませんでしたか?」
「言ってたけど……人が泣いて嬉しいなんて変だよ」
「仁花さんに頼られると嬉しいんです」

 和馬くんの優しさが嬉しくて、くすりと笑みがこぼれる。

「和馬くんって優しいね。年下なのにお兄ちゃんみたい」
「お兄ちゃんは嫌」
「ほんとに嫌そうだね。じゃあ弟?」

 返事が返ってこなくなったから少しずつ顔を上げると、和馬くんの視線が刺さって驚いた。
 軽い口調からは想像ができない、真剣な眼差しを向けられていたことに気づき狼狽える。

「和馬くん……?」
「とりあえず家族とかその辺のイメージから離れてもらえますか。ぼく、仁花さんのことそういう目で見れないんで」
「実際になって欲しいわけじゃないよ! それだけ和馬くんを身近に感じて……」
「身近に感じてくれるのは嬉しいですけど。兄妹みたいにはなりたくないです。絶対にやだ」
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