君を忘れてしまう前に
「え、サラ!?」
「そんなに慌てなくても」
「だ、だって……」
咄嗟に和馬くんの後ろに隠れる。
数十分後には学内コンサートのリハーサルで顔を合わせないといけないけど、今はまだ心の準備ができていない。
慌てるわたしをよそに、和馬くんはなんの躊躇いもなくサラに声をかけた。
「サラさん、おはようございます」
「おはよ」
サラの声だ。
和馬くんの背中越しに聞こえてきた声は、間違いなくサラ自身のものだった。
昨日の出来事が嘘みたいに、いつもとなにも変わらない。
これからサラは香音さんとどんなことがあっても、わたし達の前ではいつもと変わらない態度でいるんだろう。
そしてわたし達の知らないところで、サラと香音さんは2人だけの思い出を少しずつ増やしていく。
そう考えると、どこにも持って行きようのない寂しさや虚しさが込み上げてきた。
「仁花さん、サラさんがいますよ」
ゔ、と心の声が漏れそうになる。
できれば、わたしのことはこのまま放っておいて欲しかった。
和馬くんはわたしのほうに向き直り隣に並んだ。
前に遮るものがなくなって、ガランと視界が広がる。
同時に、わたしは深く俯いた。
真正面にいるサラから突き刺さるような視線を感じるけど、下を向いているわたしにはどんな表情をしているのかまでは分からない。
でも「仁花は友達じゃない、顔を見たくない」と言われているから、サラはこの状況を良くは思っていないだろう。
それが分かっているからこそ、どうしても視線を上げることができない。
だからといって、このままわたしから声をかけなかったらサラは黙って行ってしまう。