君を忘れてしまう前に
ここでなにも言えず、また悲しい思いに駆られて心が傷つくのは嫌だ。
たった4文字。
たった4文字を口にするだけでいい。
わたしは、握りしめた手にぎゅっと力を込めた。
「お……おはよう」
「おはよ」
――あ、いつも通りの声だ。
声に引かれて顔を上げると、そこにはヴァイオリンを背負ったいつものサラが立っていた。
サラとしっかり目を合わせたのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
わたしに向けられていた視線は、想像よりもずっと穏やかで優しかった。
この視線も、この声も今、間違いなく自分に向けられている。
そう思うだけで胸がいっぱいになった。
「サラさんも今からコンサートのリハですか?」
「そうだけど、その前にちょっとやることがあったから。和馬は?」
「ぼくは仁花さんに用があったんでここで待ってました。ね、仁花さん」
「え!? あ、うん」
いきなり話を振られ、心臓が跳ねる。
「ぼくがさっき言ったこと考えといてくださいね。返事、待ってるんで」
和馬くんは悪戯に口角を吊り上げた。
どうして、そんな話を持ち出すんだろうか。
ただでさえ平常心を保つのに精一杯なのに、告白の話を持ち出されたらわたしの頭はキャパオーバー寸前だ。
「仁花、困ってるけど。なんの返事?」
「サラさんには関係ないんで内緒です。ね、そのほうがいいでしょ、仁花さん」
確かに、サラにはなんの関係もない話だ。
でもそんな言い方をしたら、せっかく気にかけてくれているサラを突き放しているように聞こえてしまう。
「和馬くんとわたしのことだから、サラには関係ないとかじゃなくて……」
「あっそ。じゃあな」
「サラ、待っ……」