君を忘れてしまう前に
サラはくるりと背を向けて歩きだした。
このまま黙って見送れば、次はいつまともに話せるのか分からない。
せっかく普通に挨拶ができたのに。
サラの後を追いかけたい一心で足を踏み出した瞬間、後ろから、ぐいと腕を引っ張られる。
振り返ると、和馬くんがわたしの手首を掴んでいた。
「だめ、やだ。ここにいて。まだおれの気持ちに答えなくていいから」
和馬くんの手に、ぎゅっと力が入る。
サラに手首を掴まれた時のことが、ふと脳裏によみがえった。
あの時の雰囲気は決してよくはなかったけど、サラの手からは優しい熱が伝わってきた。
嬉しかった。
これまで触れられなかったサラの心の内に触れられたような気がしたから。
でも、今は違う。
この掴まれた手からは、申し訳ないくらいなにも感じない。
やっぱりわたしは、和馬くんのことは可愛い後輩以上には思えそうになかった。
「ごめんね、和馬くん。わたしは和馬くんの気持ちに答えられない。サラを追いかけたいの。離してくれる?」
曖昧な態度は誤解を生むだけだ。
優しくしてくれた和馬くんを傷つけて胸がちくりと痛むけど、中途半端な同情はするべきじゃない。
そんなわたしの気持ちが伝わったのか、和馬くんの手の力がすぐに緩んだ。
寂しそうに視線を落とす和馬くんに、軽く頷いてから微笑みかける。
「ありがとう。またコンサートでね」
わたしはその場から、勢いよく駆け出した。