君を忘れてしまう前に
思いきり足場からジャンプする。
周りの景色は見えないのに、サラの姿だけが見えた。
『サラ』
心の中で名前を呼ぶ。
伸ばした手がサラの身体に触れて、そのままぎゅっと抱きついた途端、どさりと大きな音が辺りに響いた。
衝撃と一緒に、いつの間にか閉じていた瞼を開くと目の前にコンクリートの地面が広がっている。
次に今の自分の状態を確認すると、サラの上に跨って座ったまま抱きついていたことに気がついた。
慌てて身体を離したものの、サラの顔が間近にあって次は違う意味で緊張感が増す。
「わ、ごめん……!」
サラの上から退こうと身体を浮かせると、腕を掴まれて真っすぐな視線を注がれる。
どうしたらいいのか分からなくなったわたしは、すぐ目の前にある王子さまのような綺麗な顔と掴まれた腕を交互に見た。
「ごめん、ちょっとまだここにいて」
サラは深く俯き、コンクリートについた左手にちらりと視線と向けた。
「怪我したの!? 大丈夫?」
「大丈夫。ちょっとひねっただけ」
「痛い? ごめんね、わたしのせいだ。どうしよう……!」
「そんな顔すんなよ。大丈夫だから」
目頭が熱くなり、すぐに涙が溢れ出る。
サラは右手でわたしの頭を優しく撫でた。
「仁花は? どこも痛くない?」
「痛くないよ、サラのおかげでどこもケガしてない。ほんとにごめんね。わたしのせいでほんとにごめ……」
サラの姿をちゃんと見たくて何度も目を擦ったけど、次々に涙が溢れて止まらない。
「仁花のこと泣かせてばっかだな。ごめんな」
「なんでサラが謝るの。わたしのせいなのに」
「おれが飛べって言ったんだよ。仁花のせいじゃない。それよりやっぱ仁花は度胸あるわ」
はは、とサラが軽い笑い声を立てている。
平気そうに振る舞っているけど、すごく痛いはずだ。
「すぐに医務室に行こう。サラ、立てる?」
「まじで平気だから。今日のコンサートは楽しも」
「でも……」
「仁花は色々心配しすぎ。なんのために怖い思いして飛び降りたんだよ。おれは平気だから演奏に集中して。仁花の歌、聴いてるよ」
サラはわたしの肩をポンポンと撫でた。
自分だって今日のために誰よりもたくさん練習してきたのに。
わたしのことばかり心配して。平気そうな顔をして。
どうしてサラはこんなに優しいんだろう。
わたしの目から熱い涙が、またポロリとこぼれた。