君を忘れてしまう前に
学内コンサート
 

 舞台袖で、サラは仕立てのいいスリーピーススーツのジャケットを羽織った。
 光沢のあるグレーのネクタイに、片耳の小さな軟骨ピアスがよく映えてかっこいい。
 テレビでよく目にするトップアイドルみたいだ。

 サラは、わたしがリハーサルに来ないことを心配して探し回ってくれていたらしい。
 わたし達が一緒に会場に戻った後、今日のコンサートを取り仕切る先生達からこっそり教えてもらった。
 わたしがリハーサルに来れなかった事情を話すと、問題の女の子達の処遇は大学の判断にまかせて、とりあえず先に着替えやメイクを急いで済ますように、とのことだった。

 会場に戻ってこられた頃にはリハーサルの時間は終わっていたから、サラもわたしもぶっつけ本番でステージに上がる。
 しかも機材の配置の関係で、サラ達が最後に演奏する予定だったのに、わたしがトリを務めることになった。
 やっと帰ってこられたと思っていたらいきなり大役を与えられ、緊張感が一気に高まる。
 出番直前。
 舞台袖に入った途端、吐き気を覚えた。

「おっそ。またなんかあったのかと思った」
「ちょっと緊張して来るのが遅くなっちゃった。それより手は大丈夫?」

 サラはわずかに口角を上げながら、右手の人差し指をとんとんと唇にあてた。

「ここでは内緒。怪我してるって思われんの嫌だからさ」

 だらんと下ろされたサラの左手を見ると、包帯もなにもついていない。
 コンサートが終わった後に、医務室で診てもらうつもりなんだろう。
 もう一度サラの顔を見上げる。

「まだ心配してんの? ここで見てて。大丈夫」

 サラが不敵に首を傾げた瞬間、会場から拍手が湧く。
 前の出演者の演奏が終わったらしい。

「サラくん、もう少しで出番よ」

 袖幕近くから、香音さんが小声でサラを呼ぶ。
 わたしは香音さんに駆け寄った。
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