君を忘れてしまう前に

「香音さん! あの、わたしのせいでリハーサルができなくてすみませんでした」
「気にしないで。サラくんから聞いたんだけど大変だったのね。それよりも今日の衣装、凄く素敵よ。膝丈のシャツワンピースってこんなに可愛かったっけ?」

 香音さんはにっこり笑うと、わたしの周りをくるりと回った。

「小花柄もとてもよく似合ってる。ほんと可愛いわ。サラくんはなんて言ってた?」
「え、サラ?」

 サラのほうを見ると、視線を落とし口元を覆っているところだった。
 香音さんは褒めてくれているけど、本当は似合っていないんだろうか。
 サラは気まずそうに唇を開いた。

「……いいんじゃね」
「もっとちゃんと褒めてあげなさいよ!」

 バツが悪そうにサラが香音さんの隣に並ぶ。
 わたしは後ろに回って、少し離れたところから背中を見送った。
 相変わらず、とても絵になる2人だ。
 胸がキュッと締めつけられたけど、以前とは違い心が掻き乱れることがなく落ち着いていた。
 サラと香音さんが幸せならそれでいい。
 そう思ったのと同時に2人はくるりと振り返った。

「じゃ、行ってくる」
「また後でね、仁花ちゃん」

 落ち着いた笑顔を向けられて、わたしは大きく頷いた。
 この気持ちにも、ちゃんとけじめをつけないといけない。

「あの、サラ。コンサートが終わったら、伝えたいことがあるんだけど少しだけいい?」

 サラは少しだけ――ほんの少しだけ、寂しそうに笑いながら、わたしをじっと見つめた。

「おれも」
「サラも……?」
「じゃあな、また後で」

 華やかな拍手に呼ばれるように、サラはステージのほうへ向き直った。
 香音さんと肩を並べて、眩しい光に向かってゆっくりと歩き出す。
 わたし達の演奏がいよいよ始まった。
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