君を忘れてしまう前に
サラ達の演奏が終わると、客席から嵐のような拍手が巻き起こった。
中には黄色い声援も混じっている。
サラは怪我を負っていることを微塵も感じさせずに、複雑で完璧な指使いを繰り返し会場を沸かせていた。
胸がなにかに突き上げられるように痛い。
ステージでは難しいことを軽々とやってのけるけど、影では必死で練習している。
そして怪我をしようが病気になろうが、誰にも悟られずに本番では文句なしの完璧な演奏をする。
サラも香音さんも、持っている力をすべてステージに込めていた。
生半可な気持ちではこのステージには上がれない。
ギターを抱え直す。
サラと香音さんが反対側の舞台袖に捌けたのを見送り、わたしはステージの中心へ足を踏み出した。
床に置いた機材の位置を確認して、マイクの前に立つとまばらな拍手が起きた。
会場がざわつき始め、一番前の列から「なんでJ−POPが最後なんだよ」「帰れよ」と声が聞こえてきた。
足元を見下ろす。
舞台の床に照明の光が反射して、客席のほうは一面の暗闇だ。
中間発表の日の光景が鮮明に脳裏に浮かぶ。
静まり返った客席と肌に刺さりそうな冷たい空気、それから暗闇に呑まれていく歌。
でも今日はまったく怖くなかった。
別に褒めてもらいたいと思わない。
認めてもらわなくてもいい。
バカにされたって構わない。
応援してくれた皆の顔が浮かぶ。
なにも言わずに抱きしめてくれたみつき、優しい言葉をかけて励ましてくれた和馬くん、練習を疎かにしても見放さないで導いてくれたリカコ先生、いつもわたしのことを考えて支えてくれるお母さん。
そして、わたしが本当に困った時に助けてくれたサラ。
皆がいてくれたから今、この舞台に立っている。
大切な人達に伝われば、それでいい。
『今まで頑張ってきた自分を、あなたが認めてあげて』
『なにも怖がんなくていいよ』
才能のある人はたくさんいる。
気持ちを上手く形にして、演奏できる人もたくさんいる。
――けれど、頑張ってきたことだけはわたしは誰にも負けない。
床に置いた機材のフットスイッチを踏む。
伴奏に必要な音をこの場で演奏しながら録音するためだ。
ギターのフレットを握って音を殺し、歯切れよくリズムを刻む。
録音したリズム音の上から、手拍子やタンバリンの音を乗せて重ね録りし、もう一度フットスイッチを踏んでループ再生を始めれば、伴奏の完成だ。