君を忘れてしまう前に
流れ出したループ音楽に合わせて、リズミカルにギターを弾き始めた頃には、さっきのまばらな拍手が嘘みたいに思えるほどの歓声を受けた。
この演奏にすべてを込める。
心が丸裸になった気分だけど、不思議と恥ずかしくはない。
歌を聴いてくれる人達が喜んでくれるならなんでもできる。
本当に裸にだってなれそうだ。
マイクの向こうが霞んで見えた。
どうしてそう見えたのかは分からないけど、ステージから見える暗い客席が一つになっているような気がした。
演奏が終わると、会場内に大きな拍手が広がる。
どうやら成功したらしい。
ホッとしたのも束の間、手拍子が沸き起こる。
アンコールだ。
初めてのことでどうすればいいのか狼狽える。
練習してきたのはこの1曲だけだ。
どうやって客席に答えよう。
舞台袖に目をやると、落ち着いた表情のサラがいた。
(なんでもいいから、なんかやれ!)
サラの声は聞こえないけど、唇の動きからそう言っていることは分かった。
サラの顔を見ながらギターのネックに手を伸ばす。
こうなればイチかバチかだ。
(サラ、一緒にやろう!)
テレビでよく聴く有名なヴァイオリニストの曲の伴奏を弾き始める。
様々な分野で活躍する人達を密着するドキュメンタリー番組のテーマソングになっていて、家にテレビがあれば誰でも知っている曲だ。
アンコールの時は、知名度が高い曲ほど聴き手は喜ぶとリカコ先生が言っていたのを思い出した。
(バカ!)
サラはめずらしく少し焦った様子でヴァイオリンを持ち上げた。
どうやら弾いてくれるらしい。
ただ、曲調がラテン系のポップスだからクラシックが専門のサラに弾けるだろうか。
サラが舞台に立った瞬間、ワッと手拍子の音が大きくなる。
皆が知っているサビの部分を弾き出すと、観客が次々に立ち上がって客席が波のように揺れた。
わたしの心配をよそに、サラは情熱的で美しい旋律をとても正確に弾きこなしている。
そういえば、サラはオーケストラの曲でも一度聴いたらすべてのパートを採譜できるくらい耳がいいのを忘れていた。
プロになるならこのくらいは当たり前、と本人は言っていたけど。