君を忘れてしまう前に
ヴァイオリンの演奏で盛り上がる中、突然ピアノの伴奏が入り音楽に華やかさが増した。
振り返ると香音さんがいつの間にか舞台に上がっている。
にっこりと笑いかけられ、胸が熱くなった。
サラもわたしを見て穏やかな笑みを浮かべていた。
演奏も最高潮に盛り上がり、終盤にさしかかる。
でも、どうやって演奏を終わらせるのかなにも決めていない。
最後はギターのソロ、それともヴァイオリンのソロ、ピアノの伴奏で終わるのもアリだ。
どうしようかと悩んだものの、ここは一番スタンダードなやり方で締めたほうが分かりやすくていいだろう。
けれど2人にそれを伝える手段がない。
わたしは、サラと香音さんの様子を見ながら、演奏の合間に自分の頭を数回軽く叩いた。
冒頭《イントロ》に戻って欲しいという合図だ。
バンド内の演奏では通用する合図だけど、クラシックの2人には伝わるだろうか。
サラは少し身体をひねって、冒頭を思わせるような旋律を弾き始めた。
香音さんに冒頭に戻れと合図を送っている。
全員で顔を見合わせる。
冒頭の旋律を一音も狂うことなく同時に完璧に奏で、終わった瞬間には大喝采が起きた。
客席が総立ちになって、割れんばかりの歓声が送られてくる。
「J−POPもクラシックも最高!」
誰かがそう言ったのが聞こえて、身体が震えるような喜びが込み上げてきた。
サラが力強い腕でわたしの肩を抱く。
わたしもサラの腰に手を回し、顔を見合わせて微笑んだ。
サラと反対側に立った香音さんもこぼれるような笑顔でわたしの背中に手を添える。
ステージの真ん中で、いつまでも鳴り止まない拍手や歓声を胸いっぱいに受け止めた。