君を忘れてしまう前に
幕が下りる。
舞台上の照明が白色から暗いオレンジ色に切り替わった途端、3人で輪になって喜んだ。
わたしと香音さんが涙ぐみながらお互いに拍手を送っていると、サラはわたしの背中をトントンと優しく撫でた。
「仁花ちゃん、ありがとう。さっきの曲、大好きだから思わずわたしも演奏に入っちゃった。おかげで最高のコンサートになったわ。きっとわたし、今日のことはずっと忘れないと思う」
「わたしもです。香音さんとサラのおかげでとても……、とても楽しく演奏できました。ありがとうございました」
香音さんは瞳をうるませながら、わたしの両手をそっと包み込んだ。
ピアノを弾き込んでいるとは思えないくらい、細くて柔らかい手に触れられドキリと胸が高鳴る。
「わたしね、ずっと仁花ちゃんが羨ましかったの。いつも本当に一生懸命で。仁花ちゃんみたいになりたいなってずっと思ってた」
「え!? 香音さんが……?」
「今日は演奏を通して仁花ちゃんを身近に感じられて嬉しかった。わたしも頑張らなきゃ。ね、これからも仲よくしてくれないかな」
わたしは次々に溢れる涙もそのまま、何度も首を縦に振った。
「わたしもいつも遠くから香音さんを眺めていて、羨ましいと思っていました。音楽の才能に溢れる香音さんみたいになりたいって。でもこうして接することで知った実際の香音さんは、わたしが思っていたよりもずっとずっと素敵な人です。ぜひこれからも仲よくしてください!」
香音さんはにっこりと嬉しそうに笑って、わたしを抱きしめてくれた。
甘くて爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
わたしも香音さんの華奢な背中に手を伸ばして、壊れないようにゆっくりと抱きしめ返す。
「なあに、サラくん。羨ましそうな顔をして」
「……いえ」
「じゃ、わたし行くわね。また来週大学で」
香音さんはパッと離れていくと、笑顔で背中を向けた。
ステージ上を行き交うスタッフや演者達の中に紛れて遠ざかっていく香音さんを見て、慌ててサラのほうを振り返る。
「サラ、このままここにいていいの? 香音さん帰っちゃうよ。追いかけなよ」
「なんで追いかけんの?」