君を忘れてしまう前に

「今日はコンサートで無茶ぶりしてごめんね。怪我してるのに」

 ハンドルを握るサラの左手首には包帯が巻かれている。

「ちょっと捻っただけだって。今日は楽しかったよ。焦ったけどな。でもそれが面白かった」
「ほんと? 実はさ、わたしも凄く面白くてたまんなかったんだよね。こういうハプニングって楽しまないとだめだね」
「おまえが言うな」

 2人で笑い合う。
 久しぶりに流れる和やかな雰囲気がとても嬉しい。
 そうだった。わたし達は、いつもこんな感じだった。
 もう戻れないと思っていたのに、またこうしてサラと喋られるようになって、笑顔を向けてくれるようになるなんて。
 2人の笑い声が途切れたタイミングで、車内のBGMが切り替わる。

「これ、Peaches? 意外にサラってR&Bとかもよく聴くよね。この曲、わたしも好きだよ」
「おれもよく聴くよ」
「涼もすっごい好きらしくてさ、アレンジしてレッスンで先生の前で演奏するって言ってたよ。涼ってキーボード弾いたりDJしたりするじゃん? いい感じになると思うんだよね。レッスン見に行きたいなあ。あ、あれ?」

 何気なくカバンから取り出したスマホのホーム画面に、今ちょうど話していた涼からのメッセージが通知されていた。

「涼からライン来てた。今日の演奏、最高だった! 近々一緒に曲作ろうだって。嬉しいな。次はいつ予定空いてたか……な、」

 スケジュールのアプリを開こうとした手をサラに掴まれる。
 顔を上げると、信号が黄色から赤に変わったところだった。

「どうしたの?」
「ごめん。やだ」
「な、なにが……?」
「おれと一緒にいる時に他の男のこと考えんのが」
「え、あ……え……?」

 驚いて言葉を詰まらせるわたしを、サラはじっと見つめている。

「他の男に笑いかけんのも、優しくすんのも全部やだ。おれのことだけ考えて。他の男なんかほっといておれのことだけ見てて。今だけでいいから」

 サラの手が熱くなる。
 前に練習室で触れたサラの手は熱かったけど、わたしの心は急速に熱を失っていった。
 でも今は違う。
 今は――。

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