君を忘れてしまう前に
サラはわたし達と挨拶を交わした後、中庭に入ってすぐに足を止めた。
わたし達の前では止めなかったその足を、いつもなら通りすぎるだけの中庭でぴたりと止めていた。
「あれ、香音さんだ」
その人はどこからともなく現れ、長い黒髪とワンピースの裾をふわりとなびかせながら、当たり前のようにサラの隣に並んだ。
2人が一緒に歩く姿は、とても自然だった。
「香音さん、相変わらず綺麗だなぁ。学内コンサートでサラと一緒に演奏するんだっけ。学内で1番のヴァイオリニストと、学内で1番のピアニストだよ。凄い演奏が聴けるだろうけど、あの2人、なにかありそうだよね」
みつきの言うことは当たっている。
だって、わたしは知っているから。
サラは告白された時、「今は音楽に集中したい」と言ってずっと断っていたのに、少し前から「好きな子がいる」という返事に変わったことを。
「美男美女でお似合いだよね。それにサラって子どもっぽいところがあるじゃん。だから年上の香音さんが合ってると思うんだけどな。仁花はどう思う?」
香音さんを見つめるサラの表情は、遠くからでも分かるくらい穏やかだった。
ああやってサラに見つめてもらったことなんかわたしは一度もない。
「お似合いだと思う、よ」
重くて感覚の鈍った唇を開く。
やっぱり昨日、なかったことにしようとサラに言ったのは正解だった。
わたしの本当の気持ちは隠したまま。