君を忘れてしまう前に
公開練習


 午後から学内コンサートの公開練習が始まった。
 公開練習は、それぞれの教室で行われる出演者のレッスン風景を、学内の生徒達が自由に見学できるようになっている。
 選抜試験の成績でレッスンの順番が決まるから、わたしの出番は最後のほうだ。
 空き時間を使って、1番始めにレッスンが行われるサラと香音さんの教室まで来てみると、先生や生徒達の列が廊下まで溢れ返っていた。
 2人の演奏に期待が集まる空気が伝わってくる。

 この後、控えているわたしのレッスンには誰も来ないだろう。
 注目度の高い2人だから人がたくさんいるのは当たり前なのに、満員の華やかな教室を目の当たりにしてなにも思わずにいるのは無理だった。
 この場にいる全員が、2人の仲を後押ししているように感じて。

 わあ、と教室内からざわめきが漏れる。
 その後、すぐにヴァイオリンとピアノの音が聴こえ始め、廊下から移動する人混みの間を縫うようにして中に入った。
 サラが見たい。
 その一心で、ぎゅうぎゅうと身体を押されながらも、人と人の隙間から僅かに見える2人の様子に視線を注ぐ。

 白が際立つ防音壁の前に置かれた、立派なグランドピアノ。
 周りには半円を描くようにして人だかりができ、その中心にサラは立っていた。
 正面を向きながら時々、譜面に記された音符を追う瞳には熱がこめられ、唇もきゅっと引き結ばれている。
 ヴァイオリンを手にしたサラは気品に溢れ、本物の王子さまのようだ。
 それでいて、難解で美しい旋律を軽々と躍動的に弾きこなし、オーディエンスをぐいぐいと引っ張っていく力強さがある。
 品のある見た目とダイナミックさが際立つ演奏のギャップにときめいた女生徒達から、次々に溜め息がこぼれた。
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