君を忘れてしまう前に
「仁花」
「ごめんね、こんなこと言っちゃって」
「おれのこと、誘ってる?」
「誘ってる……? わ、わたしが!?」
カッと顔が熱くなる。
そんなつもりじゃなかった。
知らず知らずのうちに、この先のことをサラに強請っていたことに気付き、わたしは思わず両手で顔を隠した。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったの! なに言ってるんだろ。ごめんね、サラ」
サラからは、なんの返事も返ってこない。
もしかしたらキスだけで興奮して、あんな言葉を口走ってしまったわたしに呆れているのかもしれない。
「わたしのこと、嫌いになった?」
サラにきつく抱き寄せられる。
力が強くて、痛いくらいの圧迫感が身体を包み込む。
「仁花が好きだよ。まじで仁花のことずっと考えてる。ヴァイオリンなんかどうでもよくなるくらい。おれは仁花しかいらない」
サラがわたしのこめかみに顔を寄せる。
「したいよ、おれは。でもあの日のことを考えたら、やっぱり仁花を大切にしたい」
「あの日のことって、酔っ払った日のこと?」
「そう。酔っ払ってそういう雰囲気になって……でもやっぱりちゃんとおれの気持ちを伝えてからじゃないとだめだったと思う。朝、起きて夢じゃなかったって気づいた時はどうしようかと思った」
『うわ、最悪……』
あの日の朝、サラが言った言葉を思い出す。
「わたしは、今はその時のことを覚えてないのがもったいないって思うよ。最後まで記憶がないもん」
「いや、最後まではしてない」
「え、してないの?」
「最後までは」
「じゃあ途中まではしたってこと?」
「したよ。仁花は初めてだって聞いて、冷静になった」
「じゃあやっぱり覚えてないの嫌だよ。恥ずかしいのもあるけど……サラとしたことは全部覚えておきたいもん」
サラは小さな溜め息をついた。
「ごめん、この話は一旦終わりにしよ。おれ、ちょっと落ち着かないとやばいかも」
「やばくなってもいいよ」
「今の、どういう意味かまだ分かんない?」