【コミカライズ配信中】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~
 初春の清々しい夜風が、まとわりついた香水の匂いをかき消してゆく。

 思いっきり深呼吸すると、少しだけ頭の痛みが和らいだ。
 

 頭痛持ちの俺を気遣って、エスターは香水をつけなかった。

 俺の小さな手の傷に気付いたり、頷いて話を聞いてくれたり、細やかな気配りが出来る女だった。

 媚びを売る女たちを見れば見るほど、エスターが貞淑だったのだと実感する。


(今思えば、良い女だった)


 彼女から与えられる優しさも、気遣いも、俺にとっては当たり前で……だからこそ、その大切さに気付けなかった。

 だが、どれほど後悔しても、愛しく思っても、過去には戻れない。
 
 喪失感に押しつぶされ、俺はその場にしゃがみこむ。
 
 うずくまった体勢でため息をつくと、背後から気遣わしげに声をかけられた。


「あの、大丈夫ですか?」

 凜とした、涼やかな女の声だった。
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