おめでとう、あなたが俺の運命です。〜薄紅色の桜紋様は愛の印〜
5
○朝、学校の中
授業前の朝から机にぐったり突っ伏す美華に里奈が声をかけてくる。

里奈「みーか!朝から何疲れた顔してるのー?」
美華「あ、里奈……。おはよー」
優弥「なんだよ向原。朝飯食って来なかったのか?ほらこれやるから食えよ」

ぽんと優弥の昼食らしき菓子パンを投げ渡されるも受け取る気力もない。

美華「お腹減ってる訳じゃないもん……」

絞り出すような声を上げながら、美華は『あの、紳士の皮を被った人でなし――!!』と鷹緒への文句を盛大に心の中で叫ぶ。

美華(毎朝毎晩習い事だなんだってさせられて――!)

鷹緒(回想)『休み時間はこれを見て覚えろ』

丁寧な手書きで書かれた暗記カードをプラプラを指で摘むと、盛大なため息をつく。

美華(今日も朝から「漆山グループ社名カード」とか訳わからないカード持たされるし――)

暗記カードを見つめる美華に優弥が声を掛ける。

優弥「あれ?向原、暗記カードなんて持ってきてるのか?すげえやる気だな」
美華「やる気って?」
優弥「今日、前回の物理の小テストの再試験やるって言ってたじゃないか」

美華はガバリと起き上がり真っ青になると「やば!忘れてたー!」と騒ぎ出す。

美華(試験勉強を忘れるのも何もかも、みんな漆山鷹緒のせいなんだからー!!)

腹立ち紛れに盛大に心の中で叫ぶ美華だが、非情にも始業のベルは鳴り響く。

○場面転換、鷹緒の会社
社長室の中で革張りの高価そうな椅子に座り目を(つぶ)る鷹緒。
その傍らにはノートパソコンを開き、キーボードを打つ眞。
鷹緒は「……よし」と呟くと、目を開く。明けられた瞳は薄紅色。

鷹緒「新規の土地購入……は、ここより山側の方がいいな。それとこっちの案件は、S&B(スクラップアンドビルド)の代わりにリノベーションにしたほうがいい」
眞「ほいきた。じゃ、今動いてるプロジェクトは?一旦中止にする?」
鷹緒「いや、それは大丈夫だ。けど規模は縮小したほうがいいかもしれない」

眞は出された指示を素早くタイピングすると、メール送信ボタンを押した後、まじまじと鷹緒の見つめる。

眞「俺が言うのも何だけど、……相変わらず凄いな。その能力」
鷹緒「はあ?20年も一緒にいて、今なら何だよ」
眞「なんていうか最近その精度も上ってきてるっていうか……」

独り言のように呟く眞だが、ふと閃いたような表情をする。

眞「これはやっぱり……」

ニヤニヤと、からかうような視線を鷹緒に投げかける。

眞「特に最近仕事方面の予知が冴えわたっているのは、あの『花嫁』のお陰ってやつなのかねえ?」
鷹緒「どういう意味だ?」
眞「またまたとぼけちゃって。トメ婆ちゃんが言ってたぜ?『美華様が滞在されるようになってから、鷹緒様もご機嫌なようで何より』だって」
鷹緒「何言ってるんだ。馬鹿馬鹿しい。――全く。トメも孫には口が軽くなるようだな」

鷹緒は「やれやれ」といった感じでため息をつく。

眞「幼馴染の俺といるより楽しそうだなんて、傷つくなあ。あの娘のこと『小娘』とか悪態ついてた割に、実は結構気に入っちゃてんじゃないの?」

おしゃべりを止めさせたい鷹緒に構わず、飄々とした様子で眞は話をし続ける。

眞「ま、確かにあの娘……美華ちゃんは見てて飽きないっていうか何ていうか、ついかまいたくなるところはあるよな」
鷹緒「……あれは、俺のものだからな」

視線を書類に向けていた鷹緒は眞の言葉に顔を上げ、牽制するように低い声を出す。

眞「契約上ではね?」
鷹緒「……だとしても、だ」
眞「ハイハイ。素直じゃないねえ、本当」
鷹緒「何がだ」
眞「べっつにー」

眞(全く……独占欲も丸出しのくせにねぇ)

眞は呆れたような、面白がるような様子を鷹緒を見つめていたが、「さて。そろそろ次の打ち合わせ時間ですよ。()()」と秘書らしく声をかけると、仕事モードへと戻るのだった。


○場面転換
下校時間、学校の昇降口からため息を付きながら一人トボトボと出てくる美華。物理担当の先生から呼び出しを食らって再々試験を言い渡された直後の為、その顔色は悪い。
その後ろから優弥が声をかけてくる。

優弥「よお!再試験どうだった?」
美華「……聞かないで」
優弥「あ……。悪ぃ」

並んで歩く美華の様子をチラチラ伺いながら歩いていたが、意を決した様子で顔を少し赤らめた優弥が口を開く。

優弥「あ、あのさ。もしよかったら今度一緒に勉強会でもしない……」
鷹緒「おい」

校門を出ようとしたその時、壁に寄りかかっていたスーツ姿の鷹緒から声をかけられる。
居るはずもない人の姿に美華は驚き、思わず声が漏れる。

美華「え……?なんでここにいるの?」
鷹緒「仕事が早く終わったからな。ついでだから迎えに来た」
美華「迎えになんてこなくても一人で帰れるのに……」
鷹緒「ほら。いいから帰るぞ」

鷹緒はチラリと優弥を見て会釈をするが、背中に手を回すと不満を呟く美華を車がある方へとエスコートし、その場を去っていく。

○車内
相変わらず距離がある二人(一方的に美華が端に寄っている)。二人きりなのが気まずい美華は、いつも側にいるはずの眞の所在を聞いてみる。

美華「あの、今日は眞さんは?」
鷹緒「ああ、用事を頼んでいるから別行動を取っている」

「それより」と、鷹緒は美華を改めてまじまじと見つめる。

鷹緒「――顔色が悪いようだが大丈夫か?」
美華「あ、いえ、これはその……」
鷹緒「どうした?」
美華「えっと……」
鷹緒「……熱でもあるのか?」

心配そうな素振りで額に手を充てられ、美華はドキリと心臓が跳ねる。
急に優しい言葉をかけられて困惑するやら、テストの結果を伝えたくなくないやらで、しどろもどろになる美華だったが、隠しておくことも出来ないだろうと口を開く。

美華「実は――」

○場面転換 鷹緒の家。応接間
帰宅後着替えもそこそこに、いつもの勉強スペースのテーブルを囲んで椅子に座っている鷹緒と美華。

鷹緒「これは……悲惨な結果だな」

テストの答案用紙を見て眉間にしわを寄せこめかみを押さえる鷹緒に、美華は慌てて言い訳をする。

美華「物理とか数式は苦手だけど、文系……英語とかは得意な方なんです!」
鷹緒「けどお前、高校3年生だろ?こんな成績で進路はどうする気だったんだ?」
美華「えっと、うちはエスカレーター式だから……そのまま大学に進もうかなーって……」
鷹緒「だからってこれで良い訳無いだろ」

明後日の方向を見ながら言いにくそうにモゴモゴ答える美華を見て、鷹緒は益々ため息をつく。

鷹緒「これは漆山(グループ)の講習を受ける以前の問題だな」

ガタリと立ち上がると、鷹緒はおもむろにシャツを腕まくりし始める。

鷹緒「仕方ない。ほら、やるぞ」
美華「え?何を?」
鷹緒「テスト勉強。来週また再々試験あるんだろう?今日は時間もあるから、特別に教えてやるよ」
美華「え、でも……」
鷹緒「いいから。早く準備しろ」


○応接間、勉強をする二人。
教科書片手に問題を解説し始める鷹緒。

鷹緒「――だから、この方式が成り立つってことだ」
美華「あ、なるほど……」

てっきり嫌味を言われながらの講義になると思いきや、案外親切でわかりやすい解説に感心する美華。時折「良くできたな」と笑顔を向けられて、その度に妙にドキドキしてしまう。
穏やかな時間が流れる中、チラリと鷹緒の様子を盗み見する。鷹緒は真剣な表情で教科書の図を指しながら、ノートにポイントを書き記している。ペンを操るのは長く筋張った男らしい手。

美華(傲慢でムカつくところもあるけど、やっぱりカッコイイんだよなあ……。)

思わずその姿に見惚れていると、「おい、ちゃんと聞いてるのか?」と咎めるような鷹緒の声。
鷹緒を意識していた事がバレないように慌てる美華。

美華「き、聞いてますよっ」
鷹緒「なら今言った説明の意味、答えられるか?」
美華「えーと、えーと……」

全く、と呆れた様な鷹緒の顔にカチンときた美華は思わず憎まれ口を叩いてしまう。

美華「だ、だって私は漆山さんとは違うんですから」
鷹緒「……は?」
美華「どうせこんなテスト問題も、予知の力で楽勝なんでしょ?……そんな人と一緒にしないでくださいよ」

一度口にしたら、どこか引け目を感じていたのか止めなければと思うものの、ネガティブな言葉が次から次へと飛び出してくる。

暫く黙って美華の言葉を聞いていた鷹緒は、一瞬ぐっと奥歯を噛み締めるような表情を見せたが、「そうだな」と低く呟くと席を立つ。
それと同時にドアが開き、眞が外から帰ってくる。

眞「ただいま〜。って、あれ?今日は二人で勉強してたの?」
鷹緒「――それじゃあ、あとは自分でできるな?」
美華「あ……」

言い過ぎたか、と思うもののうまい言葉が出てこない。
結局眞の言葉に返すこともなく、鷹緒はそのまま部屋を出て行ってしまった。

○それから暫くして。応接間。
何があったのか美華から聞いた眞は「ああ……」と納得する。

美華「だって……。なんだかんだ言っても、漆山さんはイケメンで、お金持ちで……その上予知の力まであるなんて、人生イージーモードじゃないですか」
眞「うーん。美華ちゃんはさ、あいつのこと恵まれてる奴だって思ってるみたいだけど……」
美華「……違うんですか?」
眞「あいつ、漆山の力は殆ど借りないでここまで来てるんだよ」
美華「え――?」
眞「あいつ、『叔父叔母(あの人達)に何やかんやと言われたくねえ』ってのが口癖でさ。漆山の金は使わねえって啖呵切って、大旦那様の反対も押し切って高校からバイトしまくった金で大学まで行って……。学生時代から起業して、あそこまで育て上げたんだよ」
美華「でも漆山グループ傘下って……」
眞「組織が大きくなるにつれて、グループに入っていたほうがメリットもあるだろうってアドバイスしてくれた人もあったりしてね。結局会社の名前も変えて、漆山の下に入ることにはなったけど、気持ちの上ではいつか立場を逆転してやりたいっては思ってるんじゃないのかな」
美華「そうだったんですか……私、何にも知らなくて……」
眞「まあ事情を知らない人から見たら、誰でもそうは思うだろうからね」

自分の発言を後悔するようにしょんぼりする美華を励ますように眞は笑う。

眞「それと……予知の力なんだけど、毎回テストのヤマが当たるみたいに、完璧に未来がわかるものではないらしいよ?」
美華「え?」
眞「まあ、それは俺もよくは知らないんだけどね」

おどけるように肩をすくめた仕草をした後、眞は少し真面目な顔をする。

眞「あのさ、今、美華ちゃんは契約ってことでこんなことになっていると思うんだけど……けどもう少し、本当の鷹緒のことを知ってみてくれないかな?」
美華「え?」
眞「あの漆山グループの暗記カード、見たかい?」
美華「あ、はい」

美華はバッグから暗記カードを取り出して見せる。

眞「これね、鷹緒が自分で作ったんだよ」
美華「えっ?!」
眞「早く覚えさせるんだ!とか言ってたけど、誰かにやらせるんじゃなくて自分で一からグループ名書き出してってさ、相手の事を思ってないと中々できるもんじゃないよね」
美華「……」
眞「あいつ、ムカつく態度を取ることもあるかもしれないけど、……悪い奴じゃないんだよ。それだけはわかってほしいんだ」

誤解されがちな幼馴染を思って、寂しそうに笑う眞。
そんな姿を見た美華は、罪悪感のようななんとも言えない気持ちが湧いてくるのだった。


○場面転換、就寝前の美華の部屋。
美華はベッドの中に潜ってはみたものの、中々寝付けないでいる。頭をよぎるのは、部屋を去っていく鷹緒の姿と「本当の鷹緒を知ってほしい」と言う眞の言葉。

美華(悪いこと……言っちゃったな)

ゴロゴロ寝返りをうってみても全く眠れそうにない。

美華「――あーもうっ!なんでこんなに気になっちゃうんだろ」

堪らずベッドから起き出す。

○鷹緒の部屋の中(書斎)
机に向かって書類を読みながら何か書き出している鷹緒の姿。真剣な表情で考え込んでいると、ドアを控えめにノックする音が聞こえる。
使用人ではなさそうだと鷹緒がドアを開けると、パジャマ姿にの美華が立っている。

鷹緒「どうした?何か用事か?」
美華「……あの、さっきの事、謝りたくて……」
鷹緒「さっきの?」
美華「私、漆山さんに失礼なこと言っちゃって……本当にごめんなさい!」

バッと勢いよく頭を下げて謝罪をする美華に、一瞬目を丸くする鷹緒だが、夜更けのせいかいつもの傲慢さは鳴りを潜め、美華を思いやるような、自嘲するような笑みを浮かべる。

鷹緒「ああ……。それは別に謝らなくていいぞ」
美華「でも私、漆山さんのこと勘違いしてて」
鷹緒「勘違い?」
美華「漆山さんは予知の力に頼らないで、ちゃんと自分で努力してるんだって聞いて……」

ちらりとドアの隙間から部屋を覗くと、山積みになった書類と煌々と光るデスクライトが見える。
それが鷹緒が人から見えない所で努力をしている証拠だと実感させられる。

美華「それに、あの暗記カードも漆山さんがわざわざ作っでくださったんでしょ?」
鷹緒「……クソ。眞か。あいつもお喋りだからな」

きまり悪そうに口元に手を充てる鷹緒がなんだか可愛らしく見えて、思わず笑ってしまう美華。鷹緒の様子を見ているとモヤモヤとしていた気持ちが晴れていく。

美華「まだお仕事されるんですか?」
鷹緒「ああ。もう少しな」
美華「無理し過ぎないで下さいね」

何のことない一言だったが、鷹緒にとっては嬉しい言葉だったらしく、柔らかく美華に笑いかける。

鷹緒「……そうだな。ありがとう」

思いがけない微笑みにドキリと胸がときめく美華。急に挙動不審になる。

美華「えーとえーと。それじゃあお仕事中失礼しました」
鷹緒「お前も早く休め。それに夜中にそんな姿で男のところに来るなんて、無防備にもほどがあるぞ」
美華「え?それって」

どういう意味?と問いかける間もなくぐいと腕を掴まれ、鷹緒の胸にぽふりと収まる。

鷹緒「……こんな風に、何かされても仕方ないって言われるんだからな?」
美華「――――!!!!」

鷹緒が見たこともないほどに自然な表情で甘く笑うので、美華は益々胸がドキドキしてしまう。

美華「も、もう!信じられない!」

ドンと鷹緒を突き放すと真っ赤な顔で逃げるように帰る美華をクツクツ笑って見送る鷹緒だが、その姿が見えなくなると、片手を顔に充てると天を仰ぐ。
そして「……これはヤバいな」と呟くのだった。
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