隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 今日も部長と残業し、共に帰宅する。
 夕食を食べていると、部長が不意に口を開いた。

「もしかして、寝具が合わないのか?」

「はい?」

 突然の話に、ポカンとしてしまう。
 部長の方を見ると、難しい顔で何かを考え込んでいるようだった。

「今朝、早かったろ? もしかしたら、寝具が合わなくてろくに寝れていないんじゃないかと思ったんだ。仕事でもミスが増えたように思うが――」

「それは全然違いますっ!」

 慌てて否定した。寝れていないわけではない。むしろ、部長の選んでくれたマットレスは身体が自然に沈み込み、自宅のベッドよりもよっぽど眠りが深い。

「では、今朝は何で――」

 やはり、不自然だったらしい。
 言葉に詰まっていると、部長は「ペットの体調管理は飼い主の仕事だ」と呟くように言う。

「体調が悪いとか、そういうんじゃないんです。ただ――」

 部長が私の顔を覗くようにこちらを見る。
 口を閉ざすことはできないらしい。

「ただ?」

 先を促すようにそう繰り返され、口を開いた。

「――部長にしてもらってばかりで、申し訳なくて」

 部長はほう、と息をついて「そんなことか」と呟いた。

「気にしなくていいと前にも言っただろう。俺がしたくてしていることだ」

 部長はそれだけ言うと、残りのご飯に箸を伸ばす。
 部長の声は単調で、まるで当たり前のことを言っているようだった。
 だから、ついわがままな私が出てきてしまう。

「じゃあ、なんで朝は止めなかったんですか? 飼い主はペットがどこかに行ってしまうのは不安じゃないんですか?」

 なんてことを言ってしまったんだろう。まるで私を心配しろと催促しているようだ。
 胸がもやもやして、後悔して、でも時間は巻き戻らない。
 ため息にもならない息を漏らすと、部長はふっと鼻で笑った。

 ――笑われてしまった。

 と、思ったのもつかの間だった。

「ここに帰ってくるとは思っていたからな。猫は気まぐれな生き物だ。ただ、その原因が寝具にあるなら見直さなければならないだろ?」

 はっと顔を上げた。
 部長は冗談まじりに言った。なのに、その言葉には不思議な安心感がある。

 その言葉に、部長の大人な包容力と懐の大きさを見せつけられたようで、私は自分の小ささを改めて自認した。
 私はまだまだ子供だ。自分の機嫌を、部長に取ってもらおうとした。

 改めて、部長が尊敬できる憧れの人物であると思い知らされる。
 部長のようになりたい。
 その思いが、ますます強くなった。

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