隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて

度重なるミス

「猫宮さん、データまた桁ずれてる」

 今週、この指摘を受けたのは何度目だろう。
 今日も朝から営業部中の視線を受け、居た堪れない気持ちになる。

 営業事務は、営業の人たちの仕事の補佐が役目だ。データ収集をしたり、入力作業をしたり、資料を作成したりする。
 ここ数日、私はその入力したデータの桁が少しずつずれるという、初歩的なミスを続けざまに起こしていた。
 異動してきたばかりで分からないからではない。こんなミスは今まで少なかった。

「すみません、すぐに訂正します」

 言いながら、早速訂正に入る。ため息をこぼしながら、こんなミスをするなんて時間の無駄で非効率で、多方向へ迷惑もかかると申し訳なさでいっぱいになる。
 ダメダメな自分に、胸の奥から悔しさがこみあげてくる。でも、泣いちゃだめだ。泣いたら、弱くなる。

 唇を噛んで、平静を装い淡々と入力作業をし直す。
 ふと、白猫のぬいぐるみキーホルダーが視界の端に入った。それで、余計に悔しくなった。
 部長のようにふるまえる次元は、私にはまだまだ遠い。

 入力作業のペースが落ちていることに自分で気づいて、ため息をこぼす。
 ふとオフィスの奥の席に腰かける部長を見ると、難しい顔をしながら、目の前の画面とにらめっこしていた。
 彼のまとうオーラはいつも通りで、私なんかとは雲泥の差であると余計に思い知らされる。

 じっと見つめすぎていたらしい。
 不意に部長が顔を上げた。目が合う。
 部長の目尻が、ほんの少しだけ下がる。私以外には、誰も気づかないだろうわずかなほころびだ。

 それで、慌てて目をそらした。
 無意識に止めていた息を吐き出すと、胸がドクドクと鳴っていることに気づいた。

 けれど、これは恋じゃない。部長に対する想いは憧れだ。
 恋と憧れは、似ているようで全く別の感情だと、学生の頃に学んだ。

 こんなことを思っているからミスをするのだと再度落ち込み、自分を戒めるようにぎゅっと唇を結ぶ。
 もう一度部長の方をちらりとみた。
 いつも通りの、圧倒的威圧感のある部長に戻っていた。

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