隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 結局、まったく部長を癒すお出かけにはならなかったが、部長は機嫌が良さそうだった。水族館を出てもつながれたままの右手を見て、私も頬が緩む。

 ――喜んでくれたなら、結果オーライかな。

 部長へのお礼のつもりで提案したお出かけだったので、ペットとしての役割も果たせたと安堵する。
 少しだけ前を歩く部長を追いかけながら歩く私。飼い主とペットという関係ならば、この構図もしっくりくる。
 多分私は、今は尻尾を振って歩くご機嫌な子犬だろう。

 任務に完了した勇ましいペットの気持ちで、部長に繋がれた手をきゅっと握り返す。
 すると、部長がポツリと呟いた。

「降ってきたな」

 駅の改札を出たときにはどんよりとした曇り空だったが、とうとう降ってきてしまったらしい。ぽつりと、私の手の上にも雨粒が落ちてきた。

「急げるか?」

 振り返った部長にこくりとうなずくと、部長はそのまま足を速める。けれど、部長の住むマンションの影が見えてきたところで、雨脚が急に強くなる。

「走るぞ!」

 その声に「はい!」と返事をすると、部長は私を背にかばうようにして走り始める。私も部長に続いて走るけれど、マンションのエントランスにつく頃には互いにびしょ濡れになっていた。
 鞄に入っていたハンドタオルで、気休め程度に体を拭く。部長も同じように体を拭くけれど、彼の大きな身体は到底拭ききれそうにない。

 部屋に向かうエレベーターの中でも、部長は体を気遣ってくれた。

「寒くないか? 部屋についたら、すぐに風呂を――」

 言いかけて、部長の言葉が止まる。彼の方を向けば、大きく目を見開いていた。けれど、それは一瞬で、すぐに元の部長に戻る。

「すぐに風呂を沸かそう」

 彼は私に背を向けて、そう言った。

 ――見られてしまった。

 驚いたような瞳。部長をそんな顔にさせた心当たりは、ひとつしかない。
 私は、自身の左腕を、右手できゅっと握った。

 部長は優しいから、きっとこのことには触れてこない。
 どうか、触れないで。

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