隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて

想い出はキレイなままで

 翔也お兄ちゃんが連れてきてくれたのは、仕事帰りのサラリーマンで賑わう大衆居酒屋だった。
 きょろきょろとしていると、翔也お兄ちゃんは申し訳なさそうに笑った。

「ごめんね、こんなところで。おしゃれなバーとかの方が女の子は好きなんだろうけど、そういうところあんまり知らなくて」

 ううん、と首を振る。私だって、普段真宙(まひろ)たちと飲むのはこういうお店だ。

「生でいい? あと――」

 翔也お兄ちゃんはパパっと注文を済ませると、ふう、と足を伸ばしてくつろぐ。
 すべての席が半個室になっているこの居酒屋は、気の置けない人となら気兼ねなくくつろげるだろう。翔也お兄ちゃんにとって私は、どうやらそういう人らしい。

 ほどなくしてビールが運ばれてくると、翔也お兄ちゃんが「乾杯」とジョッキを合わせてきて、そのままぐっと(あお)った。
 私はちびちびとしか飲めなくて、なんだか申し訳なくなる。
 けれど、私の想いを見透かしているように、翔也お兄ちゃんはお代わりを注文しながら「自分のペースでいいからね」と言ってくれた。
 昔のいじわるばかりのお兄ちゃんとは、別人みたいだ。
 そんなことを思っていると、不意に翔也お兄ちゃんが口を開く。

「さっきも言ったんだけど、やっぱり改めて言いたくて。ごめんね、いろいろと……」

 翔也お兄ちゃんが、私に頭を下げる。

「そんな、いいよ。もう、昔のことだから」

 ビールにちびちび口をつけながら、気にしていない風を装った。
 お兄ちゃんといると、左腕の傷が疼く。あの時の淡い思いが、胸によみがえりそうになる。

「でも――」

 お兄ちゃんはこちらをじっと見つめた。

「ずっと後悔してた。瑠依ちゃんの気持ちも考えないで、『強くなれ』って言ったこと」

 え? と目を見開いたところで、店員さんが入ってくる。お兄ちゃんの注文した、ビールが運ばれてきた。
 私は店員さんの陰になったのをいいことに、左腕を(さす)った。やたらと古傷が疼くのだ。
 店員さんがいなくなって、私はどこを見ていいかわからなくなった。視線をさまよわせていると、お兄ちゃんが言う。

「母親を亡くした人に、言う言葉じゃなかった。でも、あの時は『俺が支えてやる!』みたいなキザなセリフは言えなくて。だから、……ごめん」

 お兄ちゃんはもしかして、私を――?

 そんな都合のいい解釈をしかけて、期待をする弱虫のようだと気づいて、自分の脳にストップをかける。
 もう一度頭を下げたお兄ちゃんに、なんて言っていいのかわからずに、私は「うん」とだけ返した。

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