隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 『強くなれ』

 それは、私にとってはおまじないの言葉だ。
 どんなにくじけそうなことがあっても、私が乗り越えられてこられたのは、その言葉があったからだ。

 私の弱い部分をさらけ出した人。
 私の弱い部分を、全部知ってる人。
 そんな翔也お兄ちゃんが、私が弱っているときにくれた言葉だ。

 だから、『強くなれ』は私の大切な生きていくための道しるべみたいな言葉なのだ。

 それでお兄ちゃんを恨んだことはないし、自分に必要な言葉だと思って生きてきた。
 それなのに。

「俺が守る、とか、俺が支える、なんて言ったら、瑠依ちゃんを困らせると思ったし。正直、瑠依ちゃんがその……左腕、傷つけた時も同じ事しか言えなくて、自己嫌悪だった」

 翔也お兄ちゃんが私の左腕をちらりと見る。今日も薄手のカーディガンで隠したその傷跡を後ろ手に引っ込めると、お兄ちゃんはさっと目線を逸らした。

「けど、どうせ俺も高校生になったら瑠依ちゃんとも生活がすれ違っていくだろうし、無責任なこと言えなくて……。逃げるように、『強くなれ』って使った。だから――」

 翔也お兄ちゃんは、ほう、と一息ついて続けた。

「瑠依ちゃんが元気にやってて、本当に安心した。ごめんな、俺が――」

 言いかけたお兄ちゃんの言葉を遮った。

「ううん、翔也お兄ちゃんが謝ることじゃないよ」

 悪いのは、あの日私を残して勝手に死んでいったお母さんだ。
 例え胸の中にどんな嵐が吹き荒れていようと、自ら死を選ぶのは間違っている。
 やっぱり、母は弱かったんだと思うし、私はそんな風にはなりたくはないと思う。

「翔也お兄ちゃんには翔也お兄ちゃんの人生がある。それを投げ捨てて『私を守る』なんて言われたら、そんなの私が翔也おにいちゃんの人生奪っちゃったみたいじゃん」

 精一杯におどけて言うと、翔也お兄ちゃんも笑ってくれた。

「まあ、俺の人生奪ってってくれてもかまわなかったんだけど」

 お兄ちゃんがポツリとそう言って、急に胸が跳ねた。
 けれど、同じくらいに古傷が疼いて、全身がムズムズしてくる。

 好きとか嫌いとか、そういう気持ちだけじゃない、いろんな感情が胸に渦巻く。
 けれど、それを吐き出すのも違う気がして、慌ててジョッキの中身を口に流し込む。吐き出せないなら、全部飲み込んでしまえばいい。

 作り笑いを浮かべて、わざとおどけるのは、弱い自分を隠すため。けれど、それに慣れてしまったのだから仕方ない。
 私は結局今もまた、作り笑いを浮かべて乗り切ろうとしている。
 あれから何年もたつのに、ちっとも強くなんてなれていないのだと思い知らされた気がした。

< 45 / 80 >

この作品をシェア

pagetop