隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「そういえば瑠依ちゃん、彼氏はいるの?」

 唐突に聞かれて、一瞬たじろいだ。
 翔也お兄ちゃんはこちらを試すようにじっと見ている。
 ドキリと胸が鳴る。

 幼いころに抱いた淡い気持ちは、今でも有効なのだろうか。
 こんなに月日が流れて、見た目も中身も知らない人みたいになってしまった相手に、この気持ちは有効なのだろうか。

 わからない。
 彼の気持ちも、私の気持ちも。
 ごくりと唾を飲み込んで、結局作り笑いを浮かべる。
 こういう時の逃れ方を、私は知ってる。

「私は全然だよ。翔也お兄ちゃんは?」

 それ以上話を膨らませたくなかったら、聞き返せばいい。
 そうすれば、私の話にならなくて済む。

 そう思ったのに。

「俺? いるよ、彼女」

 翔也お兄ちゃんはそう言って、照れたように笑う。それは、今まで私が見ていたものとは違う。幼いころに見た、優也お兄ちゃんのものとも違う。
 特別な人に見せる笑顔。そんな気がした。

 ――翔也お兄ちゃんも、そんな風に笑うんだ。

 同時に、そんな風に翔也お兄ちゃんが想う人がいることに不思議な感覚になる。
 胸が痛いとか、失恋のショックとか、そういうのではない。
 私の胸の中には、そういう顔をしてほしい人の顔が浮かんだ。

 ――部長。

 こういうときに頭に浮かぶのだから、いい加減認めざるを得ない。この気持ちの正体に。
 憧れと恋ははき違えちゃいけないと、あれほど思ったのに。
 止まらない。私は、部長が好きだ。好きなんだ。

 はっきりとそう自覚してしまうと、余計に悲しくなる。
 思いを止められない、弱い自分が嫌になる。

 目の前で照れ笑いをする翔也お兄ちゃんを見る。
 部長と離れれば、翔也お兄ちゃんみたいに、この気持ちも思い出に変わるのかもしれない。

 そんなことを漠然と思いながら、ふと思う。

「翔也お兄ちゃん、あのさ」

 彼はビールを呷りながら、ちらりとこちらに視線を投げる。

「彼女いるのに、女子と二人で飲んじゃダメじゃない?」 

 自分を『女子』と形容するのは少し気が引けるが、よくないことはよくない。

「彼女さん、不安になっちゃうよ?」

 私は別にいい。けれど、それでお兄ちゃんの恋路がダメになるのは違う。
 彼にとっては謝罪の飲みかもしれないけれど、男女が二人で飲むということはそういう意味を含んでいる。
 なんせ、大学時代の元彼に浮気されたときに、真宙(まひろ)夕空(ゆあ)は散々に私の彼氏をディスったのだ。

 ちらりと時計を見る。まだ午後十時過ぎだ。

「お開きにしよ。彼女さん、心配するでしょ」

 私はそう言って席を立つ。翔也お兄ちゃんも「そうだね、ごめん」と席を立った。

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