隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
第五章

合意のない涙

 誰かが優しく頭を撫でる感覚に、意識が浮上した。
 私が頭を乗せているのは、おそらく大きくて温かい彼の膝。私を撫でる手は大きいのに、繊細な手つきは安心感がある。

 これは夢だ。
 感覚だけの夢を見るなんて、不思議なこともあるものだ。

 いつぶりだろう。
 部長のペットになって数日は、部長の癒しになるならとこうやって猫のふりをしていた。
 恋心を自覚してしまってからは、些細なことで部長を避けるようになってしまった。

 そんなことをしていたからだろう。部長の気持ちも、もうペットの私には向いていない。
 ペットを捨てられない部長の代わりに、私が意気込んで家を出た。私は捨て猫同然だ。
 だからといって、誰かの同情を引こうとか、代わりに甘えたいとは思わない。
 元々、強く一人で生きようと胸に誓い生きてきたのだ。

 部長の膝の上で頭を撫でられるのは、もう私の役目じゃない。
 けれど、目を開けてしまったらこの不思議な夢から覚めてしまうような気がする。

 もう少し、感じていたい。
 夢の中なら、少しの甘えくらい許されてほしい。

 この温かな心地の中で、もう少し幸せに浸っていたい。
 もう少しだけでいい、どうか覚めないでと、私はぎゅっと目を閉じた。

 *

 身体が妙に重たくて、起こそうと思うのに力が入らない。
 感覚も意識もはっきりしなくて、目を開けることすら億劫に感じる。

 なんでだろう。
 どこで、寝ているのだろう。
 飲みすぎたのか。
 だとしたら、運んでくれたのは誰だろう。

 そんなことを思っていると、不意に何かがお腹のあたりに触れて、反射的にぴくりと背中が震えた。

「あれー、起きちゃった?」

 聞いたことのない男性の声に、背中がぞくりと粟立った。
 気怠いが、慌てて目を開ける。

 薄暗い、部屋にいた。
 見知らぬ天井が目に入り、しばらくして上半身裸の男性が目に入る。

「誰!?」

 思いっきり言ったつもりなのに、呂律がうまく回らない。
 情けなさ過ぎる声に、自分でも驚いた。

 どうして?
 声、全然出ない……!

「でも、ま、その様子じゃ動けないよね?」

 男性は私に馬乗りになる。
 どうやら、私はベッドの上に横たわっているらしい。
 気持ち悪さと恐怖で、身体が硬直してしまう。
 違う、何をしても力が入らないのだ。
 彼に腕を掴まれれば、抵抗もできずにそのままシーツに両手首を縫い留められてしまった。

「ふふ。いいね、その顔。ムカつくけど、抱けない顔じゃない」

 男性はそう言うと、私の腕から手を離す。
 そのまま親指をペロリと舐めて、私のシャツの裾を捲りあげた。

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