隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「や、やめ……」

 声が出ない。
 出そうと思うのに、のどのあたりでつかえてしまってうまくしゃべれない。
 そんな私をあざ笑うようにふっと笑う。

「俺のこと覚えてないなんて、お仕置きが必要でしょ? さっきまで楽しく飲んでたじゃない」

 男性は捲りあげた服をそのままに、お腹のあたりをツーっと人差し指で線を描くように触れる。
 その瞬間、恐怖で全身が粟立った。
 表情が違いすぎて、気が付かなかった。彼は、さっきまで一緒にいた、証券マンの男性だ。

「な……っ、こんなこと……っ!」

 出てくる言葉が弱々しくて、自分まで弱くなってしまったような錯覚に陥る。
 悔しい。
 どうして、こんなこと……。

「簡単に人を信用しすぎる、お人よしなんだね、猫宮ちゃんは」

 ケラケラと笑われる。
 抵抗しようと身をよじろうとしたが、男性に手で簡単に制されてしまった。

「無理しない方がいいよ? あの水に入れた薬、けっこう強いから。まだ、うまく動けないでしょ?」

 水――。
 酔い覚ましにもらった水だろうか。
 だとしたら、最初から仕組まれて――。

 馬鹿だ。
 少し優しくしてくれたからと、彼らを信用してしまったことを悔いた。
 
 自分で、どうにかしなくては。
 まだはっきりとしきらない脳みそで、必死に考える。
 落ち着け。
 自分のことは自分で守るんだ。
 
「靖佳さんたちに言います、よ……」

 誘ってくれた彼女たちなら、きっと――

「靖佳たち? あんた、おめでたい脳みそしてんだな」

 私に馬乗りになったまま、男性は背をのけぞって笑う。
 両方の手で私の肩をがっちりと掴んで、侮蔑するような目でこちらに笑みを向けた。

「その靖佳さんとやらに頼まれたから、こうしてここに俺とあんたがいるの。分かる? 猫宮ちゃん?」

 そんな、まさか――っ!

「いいね、その絶望な顔。俺、女の子のそういう顔だーい好き」

 言いながら、首筋を撫でられる。
 恐怖に唇ががくがくと震えて、懸命に視線を逸らせた。

 そこでふと、記憶が途切れる間際のことを思い出す。
 誰かの口角がニヤリと上がるのを、見たような気がする。
 情熱的な、赤いリップ。あれは、熊鞍さんじゃない。熊鞍さんのリップはベージュ系だ。

 だとしたら――っ!

 気づいてしまった真実に、また息を飲む。

 最初から、私は靖佳さんに騙されていたらしい。

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