隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 男は容赦なく私の顎をぐいっとつかみ、蔑んだ目で視線を合わせようとしてくる。

「あーあ、真実に気づいちゃったか。かわいそうに。俺がなぐさめてあげるから、さ。委ねてよ?」

 そんなこと、許さない。
 私は、必死に彼を睨んだ。

「知ってる? そういう顔、逆効果なんだよ」

 言いながら、顎を掴んでいた手が喉元に触れる。
 そのままきゅっと軽く絞められ、ひゅっと息が止まった。

 苦しい。怖い。殺されるかもしれない。
 鼻の奥がつんとした。泣くな、私。屈するな、こんなやつに。
 そう思うのに、身体は言うことを聞かない。
 たらりとだらしなく、目尻から涙が零れ落ちる。

 強く生きたいと思っていたのに、こんなことで泣くなんて。
 悔しい。
 こんな男に、泣かされている自分が悔しい。

「や……め……」

「やーめない♪ 誰も助けてくれない可哀想なお姫様は、俺とここで一夜を共にするしかないって、分からない?」

 先ほどよりも首を絞める力が強くなる。
 思わず噎せこんで、男がケラケラと笑った。

「いい加減受け入れろ、頭のお花畑なおねーさん」

 彼が前のめりになり、耳元で囁く。
 頬にかかる彼の吐息さえも気持ち悪くて、全身に悪寒が走る。

 けれど、分かっている。
 こんな私を助けに来てくれる、ヒーローなんていない。
 自分でどうにかするしかない。
 力で叶わないなら、彼を受け止めてしまった方が楽かもしれない。

 それでも、身体が拒否反応を起こす。
 あふれた涙を舌で舐めとられ、ぞわぞわと身体が震え、ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。

 弱さの象徴を、物理的な力の差で奪われてしまった。
 悲しい。もう嫌だ。
 死んでしまいたい。

 ――そう、思った時だった。

 誰もいないはずの、どこかもわからない部屋の、扉が思い切り開く音がした。

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