隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「猫宮――っ!」

 いるはずのない人の声が聞こえて、これは幻聴なのだと思った。
 こんな時にも自分に都合のいいように聞こえるなんて、私は男の言う通り、頭の中はお花畑なのかもしれない。

 そう、思ったのに。

 私の上に馬乗りになっていた男が、突然退いた。正確には、何かに後ろから引っ張られていった。
 男がいなくなり、反射的に自分の体を抱きしめようとした。
 けれど、薬のせいなのかまだ身体がうまく動かない。

 ――部長、何で?

 幻聴だと思ったのは、どうやらそうじゃなかったらしい。
 ベッドに横たわった私の足元の先、ベッドの下で、男が羽交い締めにされている。

 彼を羽交い締めにする、大柄のスーツ姿の男性。
 仏頂面の彼は、どこからどう見ても部長だった。

「ぐ、ぐぉっ!」

 男は腕を後ろから絞められ、情けない声を出している。

「てめえ、猫宮に何をした?」

 部長の声は、今まで聞いた中で一番大きくて、低くて、怒りと憎しみに満ちている。

 男は必死に抵抗を試みているが、部長の蹴りがみぞおちに入ると倒れ込み、黙ってしまった。

「ぶ、ちょう……」

 声が震えて、自分がとても震えていることに気付いた。
 部長は私をちらりと見ると、ジャケットを脱ぎ私にパサリと掛けた。

「悪い、猫宮。少しだけ、見えてしまった」

 そういえば、上半身がはだけていた。
 思い出し、顔が熱くなる。

「い、いえ……」

 背を向ける部長に小さな声で言うと、部長はそのまま続けた。

「何もされていないか?」

「性的なことは、……」

 未遂だった。
 部長が来てくれなければ、どうなっていただろうと想像してしまい、恐怖に身体がガタガタと震えた。

「ぶちょ、わた、し……」

 震えとまだ残る薬のせいで、上手く喋れない。
 それ以上に、喋れない理由は、私の一番嫌いな、弱さの象徴のせいだった。

 泣きたくなんてない。
 弱くなんていたくない。

 そう思うのに、だんだんと部長の背中がぼやけていく。
 だめ、泣いたら――

 そう思っていると、不意に視界から部長が消える。
 その刹那、ふわりと抱き起こされ、優しい温かさに、ぎゅうっと包まれていた。

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