隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 その手の大きさが、匂いが、体温が、部長だった。
 前にも、こうして抱きしめてもらった。
 その時は、あられもなく泣いてしまった。

 だから、また泣くのは。
 そう思うのに、鼻の奥がじんじんと熱くなる。
 流れ始めた涙は、止まれと言っても止まってくれない。

「うう、ダメ、止まって……」

 無駄に涙に呼びかけてみるけれど、温かな部長の腕の中では、私はいつも甘えるだけの赤子に戻ってしまう。
 どうにか泣き止もうと、声を殺し流れ出る涙をやり過ごそうとした。これ以上涙が流れないように、我慢して洟をすする。

 なのに。

「泣きたいときは泣くのがいい。強がるな。感情を押し殺しても、辛いだけだろう」

 部長の優しい声色に、とうとう堰を切ったように涙が溢れ出す。
 
「うわ、わぁん、ああ……」

 部長のワイシャツをぎゅっと握り、転んだ幼児のように、声も殺さず泣いてしまった。

 けれど、部長はその間、ずっと「大丈夫だ」と、私を抱きしめ続けてくれた。

 *

「ごめんなさい、また、泣いちゃいました……」

 顔をあげると、部長は目元を優しく綻ばせ、私の頬を撫でる。その優しい感覚に、心がすっと凪いでくる。

「猫宮、……」

 部長に呼ばれる私の苗字は、とても穏やかに優しい響きになって、私の鼓膜を震わせる。
 それで、だんだんと頭が冷静さを取り戻していく。
 けれど同時に、甘えるようなこの体勢に自分の弱さを感じて、さっと顔を伏せた。

 強くあれ。

 あの日に誓ったその言葉を、私は部長に甘えることでまたへし折ってしまった。

「ぶちょ、みたいに、強く、なりたいのに……。乱されない、強い、心が……、欲しいのに……」

 止まったはずの涙が、今度は悔しさを引き連れてまた目元を熱くする。
 これ以上泣いたらダメだと、ぐっと下唇を噛み締めた。

 部長は私の背を静かに撫で、反対の手で私の後頭部をそっと包む。
 部長の胸のあたりに耳元を押し付けられ、部長の少し早い鼓動がダイレクトに耳に届いた。

「聞こえるか? 猫宮……」

 部長は顔に似つかない優しい声で、私を諭すように言う。

「俺は常にポーカーフェイスを心がけている。上に立つ者として、部下に舐められてはいけないし、それがあるべき姿だと思うからだ。だから、あまり表情は動かないかもしれないが……」

 部長の手に力がこもる。
 さらに部長の胸の音が大きく聞こえてくる。
 先程よりも幾分、早くなっている。

「心臓の速さまでは、コントロールはできない。つまり、……俺だって、乱される。猫宮の思っているような、何事にも動じない“サイボーグ”では、俺はないんだ」

 不意に見上げた部長は、少し頬を染めていて。
 初めて見る、部長の心乱された顔は、私の脳裏に強く残った。

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