隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 懐かしい玄関の戸を部長が開く。玄関を入れば、いつだったか部長に抱きしめられた日を思い出して胸がきゅうっと苦しくなる。

 あの時も、泣いちゃったんだよね……。

 苦しい思い出と、弱さをさらけだしてしまった恥ずかしい気持ちが押し寄せる。
 なのに。

 玄関の戸がパタリと閉まった瞬間、私はまたふわりと部長の匂いに包まれていた。

「部長……?」

「悪い、これは俺のエゴだ。だが、今は少しこうさせてくれ」

 部長は珍しく焦ったようにそう言って、私を抱きしめる腕に力をこめる。
 きゅうっと抱きしめられる力が強くなればなるほど、私の胸もつぶれそうなくらいにきゅうっと締め付けられる。

「震えは、もう収まったようだな」

 腕の中でコクリとうなずくと、部長は私の頭上で長い溜息を吐き出した。

「猫宮が男に連れ去られたと聞いて、生きた心地がしなかった。猫宮になにかあったらと思うと、気が気じゃなかった」

 部長は「本当に何もされなかったんだな」と念を押すように言う。
 コクリとうなずけば、私を抱きしめる部長の力はまた強くなる。

「猫宮を手放してしまったとを、後悔した。ペットだからそばにいろと、無理にでも縛り付けておけば良かった。でも、そんなこと猫宮は望まないだろうし、そもそも猫宮だって一人の人間なのだから、意思は尊重しなければならないと思った、だが……」

 部長が言いよどみ、その声がかすかに震える。
 何かが頭にぽつりと降ってきて、それが部長の涙なのだと気づいた。

 ――部長が泣いている。

 抱きしめられた彼の胸から聞こえる鼓動は、いつもより数倍早い。

 強い、完ぺきな人だと思っていた。
 けれど、そんな人でも泣くのだ。

 何にも心を乱されない、強い人だと思っていた。
 そんな人の心を乱すのが、私であるという事実が、嬉しくなる。

 けれど、恋人を心配するようなそれに、胸がきゅうと苦しくなる。
 私は彼の恋人じゃない。
 人間ではあるけれど、ペットなのだ。

 ペットに対する愛情と、恋愛感情を履き違えちゃいけない。
 女性としての“好き”ではないことは分かっている。それを期待したら、虚しくなるだけだ。

「猫宮が無事で、本当によかった……」

 まるで恋人にそうするように、部長の声が耳元で囁かれるように紡がれる。
 期待してはダメだと思うのに、私の胸がキュンと鳴った。

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