隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「なあ、猫宮……」

 ふっと部長の腕の力が緩む。
 自分の力で立たなくてはいけなくなり、少し安堵して顔を上げた。
 よりかかっていてはダメだ。
 けれど、見上げた先にあった部長の顔に、愛しさが募ってしまう。

「俺に触れられるのは嫌ではないか? 俺に抱きしめられるのは怖くはないか?」

 優しいまなざし。優しい言葉。
 そんなに優しくしないで、勘違いしてしまうから。
 そう、声を上げられたらどれだけいいだろう。

 けれど、言えない。
 かといって黙っていれば、部長に誤解を与えてしまいそうだ。
 嫌じゃない。怖くない。
 それを伝えるために、私は首を縦に振る。

「そうか……」

 もう一度目が合って、部長の潤んだ瞳に私が映る。
 部長の優しい微笑みの向こう側で、彼の瞳の中の私は儚げに揺れている。

「猫宮、俺――」

 部長が洟をすすった。彼の瞳が、優しく細められた。
 その表情に、胸が痛いくらい苦しめられる。
 私が部長の彼女だったらいいのに。
 そんなわがままな思考が脳裏をよぎる。

 だから、勘違いしてしまわないように、思考にリミッターをかけた。

 なのに。

「――猫宮が好きだ。どうしようもなく、好きなんだ」

 その『好き』は、ペットに対しての好きなのかもしれない。
 けれど、それを聞く間もなく――

「この涙は、嬉しい方の涙だと受け取っていいか?」

 ――静かに流れ出した私の涙に蓋をするように、部長の唇が目尻にそっと落とされる。

 部長の手が、私の頬を撫でる。
 大きな手で両頬を包まれ、指で涙を拭われる。

「ごめんなさい、私――」

 また、泣いてる。
 泣きたくないと思うのに、部長の前ではなぜか泣き虫になってしまう。

 強くありたいのに。

「悪い、エゴが過ぎた。猫宮にだって、猫宮の気持ちがあるのにな」

 部長の手の温もりが、頬から消える。
 一瞬だけ切なそうな顔をした部長は、さっと私に背を向ける。
 履いたままだった靴を脱ぎ、部屋に上がっていく。

 温もりが離れていって、手を伸ばせる最後のチャンスを失ってしまうような気がした。
 部長を、手放したいわけじゃなかったのに。
 無性に寂しくなってしまったのは、部長の温かさを覚えてしまったからなのだろう。

 ――でも、どうしても、私は、部長と離れたくない。
 例えそれが、我儘な、甘えだとしても。

 絡まるようなパンプスを脱ぎ捨て、慌てて部長を追う。
 そのまま、彼の背中に思いきり抱き着いた。

「私も、部長が好きです!」

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