隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 ――翔也お兄ちゃんも、私に同じことを言っていた。けど……

『強くなれ』

 それは、大切に、胸に誓って生きてきた言葉だ。

「いくら強くあろうとも、人は皆弱い。誰も、一人では生きていけないんだ」

 部長は諭すように、優しい声色で、私の頭を撫でながら言う。
 私は胸に手を置いた。

 強くありたいと思っていた。
 母親のように、弱くなりたくはないと思っていた。

 なのに。

「生まれたばかりの赤子が大きくなるには、大人の助けが必要不可欠だ。泣いている赤子を放っておいたら、いずれ死んでしまうだろう」

 部長は「それは大人も同じだ」と言う。

「弱い者が支え合って生きていくから、強くいられるんだ。甘えることは弱さじゃない。どうあがいたって、人は一人では生きられないようにできているんだ」

「違う……」

 一人でも、生きていける。
 私は赤子じゃない。
 地に足着けて、しっかりと立っていられる。
 一人でも、笑える。
 一人でも、うまく生きていける。

 そう思うのに。

「猫宮の母親は、弱かったから死を選んだわけじゃない。助けを求められなかったんだ。求める先が、なかったんだ。結城さんから話を聞いて、俺はそう思った」

「それは、助けを求めなくても生きていける、強い人間じゃなかったってことじゃないですか……」

 そうだ。
 結局、母は弱かった。
 弱いから、逃げたんだ。

「猫宮はあの時、助けを求めずに、一人で何とかできると思ったのか?」

 突然部長の声色が低くなる。
 急に責められたような気分になり、はっとした。

「俺が助けなかったら、お前は死を選んでいたのか? それで、俺が不幸になろうとも?」

「違……っ。私は、……」

 ぶわっと涙が溢れて、言葉にならなくなった。
 なぜ涙が溢れるのか、分からない。
 悔しさなのか、悲しさなのか、情けなさなのか、はたまた安堵なのか。

 けれど、部長に先ほど考えていたことを見透かされたのは紛れもない事実だ。
 あの男に抱かれて、死んでしまいたいと思った。

 その先に、周りの人の不幸がある、という単純な考えに至らずに。

「何が違う?」

 責め立てるような口調なのに、部長はそのまま私をぎゅっと抱きしめた。

「その腕の傷だって、猫宮は死んでしまいたいと思ったのかもしれない。だが、それを見た結城さんはお前を止めた。結城さんは、悲しかったんだよ」

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