隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 部長の責めるような言い方は、とても私に響くらしい。
 とめどなく涙が溢れてしまう。もう、目元がぐしゃぐしゃだ。

「死にたいと思う前に、周りのことを考えろ。猫宮の母親は、それを天秤にかけてなお、自ら命を絶ったのだと、俺は思う」

 引っ越したばかりのころ、母親を責めてばかりだった私を思い出す。
 母親の胸に吹き荒れる嵐を想像してまでいたのに、憎しみのあまりに見失っていたものを、今部長に突き出された気がした。

 やっぱり、私はモンスターだったんだ。
 母親の逃げ場を無くして、命を奪ったうえに、自分を正当化するために憎しみのすべてを向け、そんなふうになりたくないと忌み嫌っていた。
 自分で思っていたより、ずっとたちの悪い自己中なモンスターだったんだ。

 そうだと気づいてしまえば、自分自身が憎くなる。
 懺悔のように流れる涙が、いまだに止まらない。

「悪い、強く言いすぎたな」

 部長がそう言って、私の背を優しく撫でる。
 その優しさが、痛い。
 こんな私は、ますます部長の隣が釣り合わないのではないかと思ってしまう。

 部長は私とは違う。
 部長はきっと強いヒーローで、私は倒されるモンスター側だ。

 そう、思ったのに。

「もちろん、俺だって弱い。一人では生きていけない。猫宮に何かあると聞いて気が気じゃなかったが、猫宮を助けられたのはそれを教えてくれた人がいたからだ」

 今度は、部長の声色は優しい。
 部長は、私を倒すヒーローじゃない。私を救おうとするヒーローだったんだ。

熊鞍(くまくら)が、連絡をくれたんだ。とんでもないことをしてしまった、と」

「くまくら、さんが……?」

「ああ。わざわざ社用のスマホに、切羽詰まった声で電話をかけてきた。普段は社員に避けられているはずなのにな」

 信じられないが、部長が嘘を言うとも思えない。

「熊鞍と猫宮は色々あったが――、それだけ、俺なら信用に足ると思ったのだろう。卯埜(うの)が全部裏で手を引いていたことを、教えてくれた。許せはしないが、だが熊鞍の判断のおかげで、結果、猫宮を助けられた」

 卯埜(うの)――つまり、靖佳さんが今回の事件の主犯だったということだ。

 衝撃の事実と告げる部長の声に、涙が徐々に収まっていく。
 部長は「そうやって助けてくれる人がいるから、俺は生きていけるんだ」と私を諭すように囁いた。

「プライベートだけじゃない。仕事だって、皆に任せるからうまく回る。任せられるまで育てたら、後は信じて任せる。だから、俺は部長でいられるんだ」

 泣き止んだ私の背中から手を離し、部長は少しだけ恥ずかしそうにそう言った。

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