隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて

張りつめた糸を弛ませて

 部長にもう少しだけ話がしたいと言われ、今はリビングのソファに座っている。
 淹れてもらったハーブティーのカップを手で包んで、小さく座っていると、隣で部長が「そんなに小さくならなくていい」と笑顔を向けてくれた。

「猫宮を営業事務に引き抜いてきたのは、昔の自分に似ていたからだ。俺が、育てたいと思った」

「え、あの話……本当だったんですか?」

 思わず隣を見ると、部長は長い膝に肘をついて、自分用に淹れたハーブティーのマグカップを両手で包むように持っている。
 部長はまっすぐ前の壁を見つめていた。

「データ改ざんの件の時にも、そう言っただろう」

 部長はカップに口をつけ、静かに言う。

「でも、それは私をかばうためについた嘘だと――」

「そんな嘘をついてどうする」

 部長は長い溜息をこぼし、それから先ほどとは全く違う話をし始めた。

「猫宮、心は何でできていると思う?」

「心、ですか――?」

 何だろう。
 脳の働きだろうか。
 それとも、心臓の高鳴りだろうか。
 感情をつかさどるのは、脳の深層部だと聞いたことがある。

 いろいろ考えていたのに、部長の口から出てきたのは、思いもよらない言葉だった。

「心っていうのは、一本の糸なんだ」

「糸、……?」

「ああ。誰でも、心に一本の糸を持っている。形も長さも耐久性も、それぞれ皆違う一本の糸だ」

 それが何かのたとえ話なのだと分かって、頭の中に細くて長い糸を思い浮かべた。
 これが、きっと私の心だ。

「きっと、猫宮の糸は、ぴんと張っている」

 想像を言い当てられ、はっとする。
 思わず目を見開くと、部長はこちらに慈しむような瞳を向けた。

「かつての俺も、そうだった。いつも糸をピンと張り、誰も寄せ付けず、誰にも頼らず仕事をしていた。信用できるのは自分だけだった。前に進むことだけを見据えて、残業することも厭わずがむしゃらに走っていた……、そんなとき、社長が俺にこの話をしてくれたんだ」

 部長は口元を緩め、こちらに優しい笑みを向けた。

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