隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「あの頃の俺は、心の糸をいつもピンと張り詰めて生きてきたらしい。社長いわく、そうやって心の糸を張り詰める人は、弛めていると絡まってしまうかもしれないと、無意識のうちにそうしてしまうらしい」

 部長は自嘲するようにふっと息を漏らす。
 けれど、どこか他人事と思えない話に私はごくりと唾を飲み込んだ。

「糸なんて、引っ張りすぎればいつか限界がきて、プツリと切れてしまう。俺はそういう状態だった時に、社長に『ここぞというときは糸を張っても、普段は弛めておけ』と言われたんだ」

 それが、部長の大人の余裕なのかもしれないと直感で思った。
 
「だが、弛めた糸は何もしないと絡んでしまうこともある。そうならないように、どんなにうまく立ち回っても、こんがらがってしまうときもある。そんな時には――」

 部長はソファに置いてある、モフモフのクッションをちらりと横目で見た。
 優しい顔で。

「何か、癒しの存在にでもほどいてもらえばいい。心の糸は、それだけで簡単にほどけるんだ」

「部長にとって、それが猫――動物、だったんですね」

 部長は「ああ」と、私の方を向き苦笑いするように目を細める。
 それは、いつだったか部長が動物たちに向けていた、優しいまなざしだった。

「好きなんだ。……もふもふしたものが」

 部長は言いながら、少し頬を赤らめる。
 それが少し可愛らしくもあり、私はふふっと笑った。

 それで、自分が笑えていることに驚いた。
 部長もそんな私を見て、ふふふっと笑う。
 それが、とても心地よいと思ってしまう。

「なのになぜか動物たちは俺に懐かない。実家の猫ですら、俺に敵意を向けていた。けれど、――それがいつの間にか、猫宮に変わっていた」

 突然の真面目なトーンと呼ばれた私の名前に、胸がドキリと鳴る。
 ごまかすようにマグカップで慌てて口元を隠した。
 けれど、部長はこちらを見ていなかった。
 カップをテーブルに置いて、もふもふのクッションを膝の上に置き撫でていた。

「猫宮を営業事務に引っ張ってきたのは俺だと言っただろ。猫宮の話は、東京本部にきてしばらくした時に聞いたんだ。一切泣き言を言わず、淡々と仕事をこなす、まるで俺の分身みたいな女が事務員にいる、と」

 事務員時代を思い浮かべる。
 淡々と仕事をこなし、毎日終電で帰宅していた日々。
 やれることは自分でやる、誰にも頼らず一匹狼のように仕事をしていた。

「だから、猫宮の様子をちょくちょく見に行っていた。その度に、気になり……、俺に似ていると言われる所以も理解して、だから俺が助けて育てたいと思ったんだ。俺が、社長にそうしてもらったように」

 部長が私を営業事務に異動させたのは、ヒーローがモンスターを救おうとしたからなのだと、今分かった。
 部長は、やっぱりヒーローだ。モンスターまで、救いたいと行動してしまうくらいの。

「しかし……、俺は、猫宮に話しかけるきっかけを見つけられずにいた。そんな中、あの公園で猫宮と出会ったんだ」

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