隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 突っ立っていると、部長がちらちらとこちらを見てくる。

『は・や・く・す・わ・れ』

 視線だけでそう言われているような圧を感じ、慌ててダイニングの中に足を踏み入れる。
 部長の向かいの席に座れば、それだけで緊張感が高まる。
 けれど、目の前から香るお魚と味噌の匂いに、ふと緊張が和らいだ。

 おいしそう。
 朝から温かいご飯なんて、久しぶりじゃない?

 朝はパン、夜はコンビニ弁当で済ませていた体に、手作りのご飯は香りだけでも体に沁みる。

「いただきます」

 手を合わせ、箸を手に取る。それだけなのに、部長はふふっと小さく笑った。
 慌てて顔を上げると、部長はもうすでに食べ終わっていて、食器を手に席を立つ。

「悪いな。今日、地鎮祭(じちんさい)なんだよ。どうしても外せなくて」

 部長はそう言いながら、寝室から取ってきたらしいジャケットに袖を通し、首にかけたネクタイをさっと結んだ。

 いつもの見慣れた部長が目の前に現れる。
 やっぱり部長だったんだと今更思い直し、とんでもない状況は変わってないことに思考が慌て始める。

「午前中で帰る。じゃ、留守番頼んだぞ」

 部長はそう言いながら、リビングのソファに置いていた鞄を手に取る。

 留守番、か。
 …………留守番!? 私が!?

「部長、留守番ってどういうことですか!?」

 慌てて立ち上がり、勢いのままにそう言った。

「留守番は留守番だ。留守の間に、この部屋を守る人」

「それはそうなんですけど、そうじゃなくて! 私がどうして留守番なんて――」

 言いかけたところで、部長が口角をニヤリと持ち上げた。

「猫宮、昨晩俺のペットになるって言ったろ?」

 ペット? ペット……!?

 昨夜の記憶を必死に呼び起こす。
 確か、公園のベンチで、猫を撫でていて、それで、酔ったまま、部長の肩にコテンと頭をあずけて……?

 その後の記憶があやふやで、何度も瞬きをして思い出そうとする。
 部長が『猫に好かれない』と言ったことは覚えている。

 それに私、かなり酔っていたし、もしかしたらそんなことを言ったかも……?

 まだ思考は途中なのに、腕時計を一度確認した部長の声がその思考を遮る。

「そろそろ出ないとまずい。行ってくる。あ、皿は流しに置いておいてくれ」

 部長は流れるようにそう言うと、本当に私を残して部屋を出て行ってしまった。

 部長のいなくなった部屋は妙な静寂に包まれていた。
 ダイニングテーブルの前で立ち尽くしていた私の鼻を、不意にお味噌の匂いがくすぐる。

「……冷めちゃう、よね」

 そのタイミングでぐう、とお腹が鳴る。
 部長が行った後でよかったと思いながら、私は一人、見知らぬ部長の部屋で朝食をいただいた。

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